2013年04月03日

『屏風』

 ああ、酷いことに、本当に酷いことになってしまった。
 どうしてこんな酷い事態になってしまったんだろう。
 知らず笑いが込み上げて来る。
 予想外過ぎて愉快になってきた。

 無数の丸テーブルと椅子とが床にひっくり返って散乱している。
 ぐしゃぐしゃになった白いテーブルクロスにはいくつもの足跡。
 何のパーティーが開かれていたのだろう?
 今ではもう知る術もない。
 壇上には折れたスタンドマイクと引き裂かれた金屏風。
 レンタル品だとしたら弁償する金額はいくらになるだろうね?
 返り血で汚れなかったのはせめてもの救いなのか、でももうそんなことに意味はない。
 この『枠』は壊れるのだから。

 豪華なカーペットの上で砕けている食器の破片をぞんざいに避けながら、あちこちに倒れている『木偶』をひとつひとつ確認して回る。
 原型を留めないほど壊れているものでも一応ブーツの先でつついてみる。
 死んだフリなんていう姑息な真似をしてこちらの不意をつこうとしてくる奴もときどきいるのだ。
 念入りな確認を済ませて、今回も無事に自分の役目を終えたことにほっと息をつく。

 この『枠』の『自滅』によりいまボクが成し遂げたことはまるで意味のないコトに成り下がってしまったけれど───問題はない、『マスター』の指示通りには行動出来たんだし、この『枠』が壊れることとボクとは何の関係もないのだから。

 とは言え、本当に酷いことになったものだ。
 また笑い出しそうになってしまう。
 おめでたい席だったのだろうに。
 パーティーがいつ行われてたのかは知らないけれど。
 こういう場所で立ち回りを演じるのも、たまには刺激的で良かったと思うよ。
posted by 樋川春樹 at 00:10| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月27日

『サプリメント』

 異様に勘の鋭い人間というのがたまにはいるもので、彼女はほぼ一目見たその瞬間からボクに不審なものを感じ取ったようだった。一瞬にも満たない短い間目が合った、ただそれだけのことで、激しい敵意と警戒心をあからさまに向けられたんだから、抗議して謝罪してもらおうかと思ったぐらいだ。まあ、変にモメるような事態は避けたかったし目立ってもメリットなんか何にもないから、わざとらしく気づかないふりをしておいてやったけれど。

 せっかく関わらないようにしてやっているのに、彼女はずっとボクをマークし続けた。ここまでの監視を一秒の隙もなく続けられると、残念ながら今日の計画は中止ということにせざるを得なくなる。仕事を中断されないように彼女を排除してしまおうかと、そのことを考えなかったと言えば嘘になるけれど、あの敵愾心の抱きっぷりじゃボクが声をかけたところで他の人がいる中で騒がれるだけで、ただ単に厄介なことになってしまいそうなだけだったから、それもやめておく。

 それじゃあ今日のところは引き上げようかとパーティー会場を抜け出しかけたところで、驚いたことに彼女の方からボクにコンタクトしてきた。同業者なのだろう男性二人をお供にくっつけて。身分証明書を提示しながら、ボクの振る舞いに不審な点があるから所持品のチェックをさせてもらいたいと詰め寄って来る。ボクはまじまじと彼女達のカオを見つめ返してしまう。今日のボクは正真正銘本当に何もしていないと言うのに、一体どういうつもりでコイツらはカバンの中身を見せてみろなんて偉そうな口調で命令してくるのだろう?
 込み上げる苛立ちと嫌悪感にふと衝動的な行動をとってしまいそうになったけれど、かるく深呼吸して自制する。チェックされて困るようなことは何もないのだから、彼女達の好きにさせてやればいい。

 廊下の隅に連れて行かれたボクは、可憐な花が品良く活けられた花瓶が飾られている白いテーブルの上に、持参していたカバンから取り出したものを次々と並べて行った。スマホに財布、交通系ICカードが入った定期入れに読みかけの文庫本、ハンカチとポケットティッシュ、複数の鍵をまとめてあるキーホルダーに折り畳みの傘。あとは眠気覚まし用のガムと、コンビニで売ってる安物のライター、目の疲れを癒すためのブルーベリーエキス入りのサプリメントの袋。
 こちらがちょっと気の毒になってしまうぐらい、無難なモノしか出て来ない。せめてサプリをピルケースにでも入れ替えて正体不明の薬物っぽくしておいてやれば良かったかも。ライターを持っているのにタバコがないのは何故かと、男の一人がヤケになったみたいに細かいところをつついてきたけれど、喫煙者の友人が忘れて行ったものを返すために持ち歩いているだけだと答えるとそれ以上はツッコんで来られない様子だ。どのみち、100円程度で買えそうなライターがカバンの中に入っていたからと言って、それだけで身柄を拘束出来るワケもない。

 それでも彼女はあきらめなかった。自分の職業に余程誇りがあるのだろう、大した使命感だ。そこらのドラッグストアに山と積まれているようなありふれたサプリメントの袋を指さして、その中身を調べたいと言い出した。調べたいと言われても、どうやって? 鑑識に持ち帰って成分分析をすると言うなら、こんなどこでも買えるサプリは袋ごと全部進呈するけど、その結果が出るまでボクは諸君に付き合ったりはしないし、そんな義理もないよ? ボクには次に行かなきゃならないところがあって、時間も結構おしてるからね。そう言うと彼女は、鑑識なんか必要ない、自分が今ここでひとつ口に入れてみる、とボクをまっすぐ睨みつける。

 ひとつ食べてみせろ、じゃなくて、ひとつ食べてみせる、か。向こうもそれなりには考えているようだね。数百人単位の被害者を出して数十人もが命を落とした遊園地での事件のことを、念頭に置いているのかな。大した正義感だと思う。尊敬に値する。ボクはサプリメントの袋を開いて、彼女にお好きな一粒を選ばせてあげた。決死の表情で口に入れる彼女の目の前で、ボクもひょいと一粒食べてみせる。サプリメントなんか気休め程度だけど、仕事柄パソコンに向かう機会が多いからね、目にはそれなりにやさしくしなくちゃ。……で、このブルーベリーエキス入りのサプリメントに、何か『問題点』でも?

 悔しそうな表情の彼女達と別れて歩き出しながら、ボクは彼女達が犯した誤りについて考える。彼女達は何の根拠もなく、『次に使われる毒物も即効性のものだろう』と思い込んでしまったらしい。何故そんなイージーなミスをしてしまったのか、理解に苦しむ。サプリメントの袋を調べた判断は大当たりだったのに、さらに彼女は自らの生命を賭して毒見までしたと言うのに、これじゃあまったくの無駄死にだ。せっかく「成分分析してもらっても構わない」ってアドバイスまでしてやったと言うのに。今回用意した毒は半日ほど後に効果を発揮する遅効性のもの。パーティー会場において他愛もない会話のついでにターゲット達に無害な感じでつまませようと思っていたものに、口に入れた瞬間ぶっ倒れるような激烈な効果をもたらすものを入れるワケにはいかないものね。
 彼女には気の毒だけど、あのサプリメントが毒物だったと証明される頃にはボクはこの『枠』の中にはいない。作戦は他の奴が遂行することになる。この『枠』の中ではこれまで以上に仕事がやりにくくなるのだろうか? まあそれはボクが考えなきゃならないことじゃないか。
posted by 樋川春樹 at 19:35| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『とやかく』

 痛い。
 痛い。
 痛い。

 身体を折り曲げて激しく咳き込む。肋骨が砕けてしまいそうなぐらいの咳。どれほどの時間そうしていただろうか。急に込み上げた吐き気に口を押さえる暇もなく、がはッ、と何かを吐き出した。

 臓物を吐き出してしまったのだろうかと、有り得ない考えが一瞬脳裏を過ぎる。見下ろした床は真っ赤に染まっていた。なんだ。ただの血か。右手で唇を乱暴に拭う。咳が止まっている。

 ぜえぜえと荒い息をつきながら、咳は止まったけれど消えない痛みに呆然と立ち尽くす。どこが痛むのか何が原因なのか、皆目見当がつかない。咳き込んでいたときは身体の内部が痛むような気がしていたけれど、咳がおさまってみればそうではないような気もしてくる。身体の表面にどこか大きな傷が出来ているような。それにしては、先ほど吐いた血の他に血液が流れた様子はないし。

 痛い。
 痛い。

 崩れ落ちて倒れ込んで、あたり憚らぬ大声でわあわあと泣きわめいてしまいたかった。痛い痛い、痛くてたまらないと大騒ぎしながら地面をのた打ち回って、誰かに助けてもらいたかった。慰めてもらいたかった。けれどそれは不可能だ。ここには自分以外に誰もいないから。誰もついて来なくていい、その必要はないと言い切ったのは自分自身だった。自分の好きなようにやれるからその方が良いと思ってのことだ。横からとやかく口出しされるのは何より嫌いだったから、一人で出来ることは一人きりでやる方が良いと思ったのだ。実際、一人で成し遂げられるはずだったのに。

 痛い……。

 目もくらむほどの激痛が全身を責め苛んでいる。さっき吐き出したのが本当に内臓だったら良かった。もしかしたらそれで、この痛みが多少なりともマシになっていたかもしれないから。無論そんなことはないのだろうけど。どこにてのひらを当ててみても患部を押さえられているという実感がなく、どういう体勢をとれば激痛が緩和されるのかもわからないから、仕方なく棒立ちのまま。もう一度血を吐くだろうか。だったら迂闊に横にならない方がいい気がする。立っていた方が吐きやすいし、衣服を汚さずに済むだろう。横たわった状態でさっきみたいな吐き方をしたら、気管に入って酷いことになってしまうかもしれないし。

 一人で来たことに後悔はないけれど、こういうときに誰にも助けてもらえないのは少しだけ不便だとも思う。単独行動はとるなと何度も何度も繰り返されるのは、こういう場合に備えてのことなのだろうと、アタマではわかっていたけれど……一人で自由に動ける魅力を捨てる気にはなれなかった。だからこそ今こうして、しっぺ返しをくらっているのだろうけど。
posted by 樋川春樹 at 19:35| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『開花』

 見て見て、アレだよ、ここでもあの木が咲いてるよ。

 私の手をしっかりと握りしめて半ば引っ張るように歩きながら、弾んだ声をあげた彼が前方にある満開の桜を指し示す。

 あの木ってすごく人気があるんだよね。アレがいつ咲くかって、カイカヨソウ? とかいうのをわざわざニュースで流すんでしょう? 植物が咲いたり枯れたりするのをいちいちテレビでやるなんて、ここはずいぶん平和なんだねえ!

 欠片ほどの悪気もない口調で堂々と言い放ちながら、彼は薄桃色の花びらが舞い散る道へと足を踏み入れる。私の手をしっかりと掴んで離さないまま。

 でもここがそういう平和なトコで良かった、そのおかげでこうして一緒にオハナミに来られるんだもんね。おいら、戦ったり殺したりするのは何ともないけど、キケンな場所だと一緒にはいられないでしょ? だから、どっちかで言うなら平和なトコの方が好きかも知んない。

 能天気に物騒なコトを大声で言う彼を、苦笑してたしなめられる程度には私も一連の状況に慣れてきた。
 「今年」と言わず「ここで」という表現を用いるしかないこの生き方にも、あらゆる『枠』から外れた自分達の時間の流れに対する概念も……日を追うごとにそれまであった過去から乖離してゆく感覚、引き返せたハズだった地点をもうとうに越えてしまっている現状、なのに「戻りたい」とはこれっぽっちも考えていない自分。
 もともと人間ではない彼らと比べたときの方が、より「近い」と感じられるようになってきている。
posted by 樋川春樹 at 19:34| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月20日

『ワンピース』

まだわたしがちいさかった頃
世界はひろくどこまでも不思議に満ちていて
世の中を動かしてるおとな達がとてもすごい存在に思えた

彼らはきっと何もかもをきちんと把握して理解していて
皆が皆責任感を持って正しいことばかりをするのだろう
わたしもいずれはそんな彼らの一員となり
社会における義務を果たしてこの世の中を動かしてゆく役に立つのだ

ずっとそう考えそうするつもりで生きてきたのに
なのにどうやらおとな達はそれほどすごい存在ではないらしい
実際のところは誰もが少しずついい加減なことをして
積み重なった失敗の責任を誰がとるのかさえも決まっていない

わたしはひどく落胆したし、傷つきもした
ちいさな頃に自分が見上げ素晴らしいと思った景色の一部に
調和のとれた驚異に満ちた巨大なパズルのピースのひとつに
必ずなるのだ、なれるのだと信じていたのに

けれど最近は落ち込んだ気分もだいぶマシになってきた
とてもいいことを思いついたのだ
つまり、いまある絵柄が気に入らないなら、
そんなパズルは床にぶちまけてめちゃくちゃにしてしまって
空になったフレームの中に新しいパズルを組んでいけばいいじゃないか、と

わたしというピースがはまるのに相応しいパズルを
ぴったりとはまりこんで落ち着いて安らげる、わたしのためのパズルを

そんなことを考えていると、だんだん愉快で愉快でたまらなくなってくるのだ
posted by 樋川春樹 at 22:01| Comment(2) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『いっさい』

汝等此処に入るもの、
いっさいの希望を棄てよ。

その有名な文句は、
地獄の門に記されているという。

希望を棄てよ、
この先は絶望の都。
救いもなければ、
出口もない。

深い憂いに満ちたそのフレーズを、
それなのに心地よく感じてリピートする自分がいる。

この先は地獄、
であればもう二度と、
不確かで身勝手な希望などというものに、
情けなくもすがらなくとも良くなるのだ。

希望があるから人間は未来に期待を賭け、
より良い明日を信じて、
叶わぬ夢を見続けることになる。

底の底にまで落ちてしまえば、
もう地面に叩きつけられる心配はしなくて良くなると言うのに。

永劫に続く苦しみでも、
束の間しか持続しない幸福に比べれば、
まだしも誠実だろう。

其処は地獄の門、
地獄への入り口、
すなわちこの世界からの出口だ。
posted by 樋川春樹 at 15:40| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『隣人』

挨拶だかなんだかわからない
不明瞭なやりとりの他には
口をきいたことがなかったし
まともに顔を見たこともなかった

そういうものでしょう
人はただ「隣に住んでいるから」なんて理由だけで
必要以上に距離を詰めないもの
お互い興味もないならなおさら

でもそれが間違いだったのかもしれない
廊下で会ったあのときに
こちらがきちんと言葉をかけていれば
日々の言葉のやりとりの中で
救われるものもあったのかもしれない

なんて、今さらですけどね
もうどうしようもないのに
死んでしまったヒトも
巻き添えで殺されたヒトも
取り返しはつかないのに

ただ、それは
私だけのせいではないですよねえ?
posted by 樋川春樹 at 11:13| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月13日

『フロア』

ウチら中学上がる前ぐらいにさ、
潰れたデパートあったじゃん?
駅からちょっと離れたトコの、
一階にペットショップがあったトコ。

潰れてからも建物だけずっとほっぽらかしにされてて、
取り壊される様子も全然なかったあそこ。

こないだウチの友達の友達が、
肝試しに入ったんだって。
夜中に。
男子ばっか5人ぐらいで。
季節外れだけど、
暇だったからって。
どっかから何かして忍び込んで。

で、一階は何ともなくってさ。
だから、気が大きくなったのかな、
調子乗って地下に降りたんだって。
食料品売り場のあったフロアだよ。
ウチらもたまに行ったじゃん。

そしたらさ。
陳列棚とか冷蔵ケースとか、
そういうのが全部そのまま残ってたんだけど、
奥に行ったら棚が倒れてたり壊れてたりしてる区画があってさ。
そこ見に行ったら。

なんか、バラバラ死体。
いっぱいあったんだって、しかも子どもの。
いっぱい、バラバラだから、数はわかんないんだけど、でも多分、人数ヒト桁じゃすまないくらい。
でも、血は全然流れてなくて、死体、腐ってもなくて。
棄てられたマネキンじゃないのかって?
そいつらも最初はそう思って、何だよビックリさせて、って一人が手にとってみたの。
そしたら、感触がまるっきり人間のだったんだって。
しかも、ちょうど人肌ぐらいの体温があって。
ってか、さわってみたの千切れた手首だったんだけど、その指がまるっきり生きてるみたいに動いたんだって。

連中すっかりビビっちゃって、自分達が不法侵入してたのもアタマの中からぶっ飛んで、警察呼んだんだって。
で、おまわりさん連れて来たんだけどさ、こういうハナシのお約束だよね、棚は倒れてたけど死体は一つもないの。

不思議なハナシだよね。
5人は全員本当に見たしウソなんか言ってないって言ってるし、そのコ達そんなウソつくメリットもないんだし、
だったら地下にあった死体の山って、

一体何だったんだろうね。
posted by 樋川春樹 at 22:57| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ほのぼの』

なんでどうぶつの写真集なんか買うんだよ、一人にした途端に無駄遣いばっかりして……半ば予想は出来てたけど……

癒しが欲しかった?
ほのぼのしたかった?

……アタマ大丈夫?
癒しとか和みとかボクらには全然必要ないだろ、むしろ一番縁遠いモノだろ……

人間に似てなきゃいけないけど
人間になっちゃ駄目なんだよ

そういうの
いらないだろ
いざというときに
邪魔になるんだぞ……

うるさい
なんでもない
ボクらは人間になったりは出来ないんだ
おマエもちゃんと自覚しろよ
ボクらは違うんだ
そういうんじゃないんだよ……

posted by 樋川春樹 at 18:38| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『搾取』

(ずっと考え違いをしていたんだよ)

離れて見れば瞭然の
シンプルな構図だったのに

出られないが故に
重要なことを見落としていた

たとえば世界に悪名が知れ渡るような
残虐極まりない連続殺人犯を
何人もの罪なき一般市民を
冷静に騙して残酷に殺害出来るのだから
彼らは悪人で罪人とは言え
それは『強い』人間なのだろうと

誤解するような

(被害者は選ばれているのだよ)

犠牲者を選ぶとき
そこに作為はあった
狡猾な犯人は
自在にコントロール出来る羊だけを追う

(水の流れる方向が逆だった)

強者が搾取するのではない
搾取される弱者がいるのだ
幸福になる人間がいるのではなく
不幸へと堕ちてしまう人間がいる

単純なことだった
posted by 樋川春樹 at 14:32| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月06日

『トランプ』

 際限なく非道いことばかりが起こり続ける『枠』の中で、「そこから出られない」そのためだけに圧倒的多数の人間達が今日も不幸になり続けている。

 とは言え、生まれてきた誰もが『枠』から出られるようになるワケではないし、それは嘆いたり憂いたりするだけ無駄な現象なのかもしれない。

 『枠』から出ることを許されない圧倒的多数の人間達は、大人しくテーブルについて配られるカードを待つことしか出来ない存在。
 偶然か必然か、とにかく手元に回されて来た札を使って、人生というゲームを切り抜けなければならない。
 素晴らしい組み合わせの札が与えられることなどほとんどないけれど、何の役もつくれないカードが回って来たとしても、配り直しを要求することは出来ない。

 手札がつくる役は各人の運命、それはトランプの全てのカードを用いた組み合わせの数よりも遥かに多くのパターンが用意されているけれど、所詮は配られた札が示す決められた運命、誰しもを幸福へと導くワケじゃない。

 『枠』から出ることが出来た少数の中でもひと握りのわずかな人間だけが、カードを配りなおす権限を与えられ、その力を手に入れることが出来る。
 あらゆるものごとがどんどん悪くなってゆく『枠』の中で、それでも少しでも良い結末を迎えられるルートを、歩み直させることが出来る。

 一度配られたカードを回収して。
 もう一度シャッフルする。
 「その他の膨大な数のゲームに影響を与えながら」。
posted by 樋川春樹 at 01:53| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『つんつん』

 出来るだけ、出来るだけ長い棒状のものを探し出してきた。
 限界までいっぱいに腕を伸ばして、握れなくなる寸前の先端を持って、可能な限り身体を離して、おそるおそる慎重に、ソレをつついてみる。

 つんつん、と。

 呼吸を止めて、瞬きも忘れて、反応を待つ。
 数秒経っても。
 数十秒経っても。
 ソレはもう、動かない。
 死んだのだ。

 ああ、そうだ、ソレはもう、死んだのだ。

 暗い廊下にしゃがみ込んだまま、数m先に倒れているソレから視線を剥がせないまま。
 奇妙な静寂に閉ざされていると言うのに世界はグラグラと不定形に揺れていて。
 狭窄した視野の中からは色彩も質感も抜け落ちてゆく。
 ぞっとするほど薄っぺらになった何もかもの真ん中で、ソレはもう動かない。

 ついさっきまで、鬼のような形相で自分を怒鳴りつけていたもの。

 その両手で顔を身体を激しく叩いてきたもの。
 その両足で腹を背中を激しく蹴ってきたもの。
 その指は髪を掴んで頭を壁に打ちつけた。
 その口は考えつく限りの罵詈雑言を浴びせかけてきた。
 その瞳は間違いようもなく憎悪と怒りに満ちていたから。

 だから自分は、断ち切らなければならないと思ったのだ。

 だけど、何故だろう?
 断ち切ってしまいさえすれば、自分はソレから解放されるハズだったのに。
 そう強く信じていたのに。

 もう動くことも大声をあげることもなくなった、自分の存在を脅かすことのなくなったハズのソレが、世界の中心から、消えてくれないのだ。
posted by 樋川春樹 at 01:52| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『絵画』

 小さな頃から、絵を描くことが好きだった。
 ひとり静かに白い紙と向き合って、好きなように色えんぴつやクレヨンで様々なものを描く。
 目の前にあるものだけでなく、絵本やテレビの中で見ただけの風景や、ときどきは自分が想像しただけのものも描いた。
 あの頃、好きという気持ちだけで描いていた絵は多分上手なものではなかっただろうけど、でもきっと下手なものでもなかったハズだと自分では思っている。
 誰にも見せたことがなくて、誰にも評価してもらったことがないから、本当のところはわからない。

 以前ほど頻繁ではなくなったけれど、絵を描くことは今でも続けている。
 時間が出来たときにスケッチブックに色えんぴつを走らせていると、自分の心がおだやかに静まってゆくのがわかる。

 描いた絵を見せると、彼らは皆、口を揃えて素敵な絵だと褒めてくれる。

 ふんわりとした色づかいの、素朴な絵だ、と。
 描き手の心の優しさが、見る者に伝わるような。

 彼らは心から私の絵を賞賛してくれているし、私もそれを疑うつもりまではないのだけれど、それでもちょっとだけ、苦笑したくなる。彼らのほとんどは、私が描いた以外の絵などマトモに見たこともないのに。それなのに、私の絵を褒めてくれるんだ、と。

 絵画はそれを描いた者が見ている世界を切り取ったもの。
 描いた人間が、その人の目で、心で、感じている世界をうつしたとったもの。
 よく言われることだけれど、はたして本当にそうだろうか。
 少なくとも私の場合は、私の描く絵は私が見ている世界ではなくて、私が「見たいと思っている世界」を描いたものだ。

 何物をも刺激したり傷つけたりすることのない淡い色彩で表現された、ふわふわとした静かな世界。
 誰も誰かを攻撃しない、いがみ合うこともない、ただ微笑んでいられる、平和な世界。
 そんなものは何処にもないしこれから何処かにそんなものが生まれることもないのだと、知っていてもなお。
 私はそんな、ぬるま湯よりも甘ったるい世界を夢見ていたし、多分今でもなお、夢見続けている。
posted by 樋川春樹 at 01:52| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月27日

【指令】第17週:華涼→樋川


++++


ごきげんよう、樋川嬢

さて、今回の任務の内容を伝える。
以下の三つのタイトルについて文章作品を完成させて欲しい。

『絵画』
『つんつん』
『トランプ』

・期限は2013年3月6日23時59分までとする。
・任務完了後、「@utanarahi」まで必ず報告をすること。

なお、次回の指令は2013年3月4日0時より、期限までに発表する。

では、任務の成功を心より祈る。


++++
posted by 華涼紗乃 at 21:56| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『キャップ』

 変装なんて必要ない、けれどたまには『気分』を優先するのも良いだろう。
 無駄な行為は好きじゃないけれど、それを人生から完全に閉め出せないのが人間らしさ。
 目深にかぶった黒いキャップ、某国の特殊機関の人間が着用するための公式のもので、その国で一般人が身に着けると処罰の対象になってしまうのだとか。
 いまどきのネットには何でもあるとは言え、わざわざそんなものを取り寄せる必要はないのに。これもまた、意味のない行動だ。
 余計な手順ばかり積み重ねて、迅速に辿り着くべき目的地からは遠回りをして。
 一連のそういった行為を以前ほど不快に思わなくなっているのは、そうすることに慣れたからか、あるいは本質に関わらない事柄をこそ愛する人間の心に自分自身が馴染んできたからか───。
 苦笑して、とりとめのない思考を打ち切る。
 与えられた使命を成すことだけを期待されている自分達が、人間らしいものの考え方に馴染んだからといって、どんな益があると言うのだろう。

 優しいあのひとはもしかしたら喜んでくれるかもしれない、けれど。
posted by 樋川春樹 at 03:49| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『たらふく』

 ひとの生命はいつ尽きるかわからないものだ。
 大抵の人間は漠然と数十年後、まだまだ先だろうと思っている。
 それが今日や明日ではないという保証はどこにも無いと言うのに。
 しかし、根拠もなくそう思い込んでいられるからこそ、ひとは絶望に打ちひしがれることなく生きてゆくことが出来る。
 いつか死ぬことを忘れていられるからこそ。

 一日の仕事を終え心身共にくたびれ果てて帰って来たとしても、ゆったりと風呂に入りさっぱりと清潔な部屋着に着替えて、上等ではなくとも美味いものをたらふく食べて温かな布団の中でぐっすりと眠れば、肉体の疲労も心についたひっかき傷もとりあえずは綺麗に消えて、次の日もまた起き上がって出かけてゆける。
 自分の身の上にこれから起こる生命の終わりも、これまでに起きた無数の理不尽で許せない事柄も、みんな他人事のように忘れていられるから、ひとは日々を平穏に暮らしてゆける。
posted by 樋川春樹 at 03:48| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『成果』

 何もかも、ずいぶんと面白い方向に、動くものだね。
 この『枠』の中では、誰もがこぞって、自ら不幸になるために突き進んでいるようだ。
 あらゆるものごとは迅速にこなさなければならない。要領の悪い者、怠けている者は非難の目を向けられる。
 過剰な迅速さが生み出した空白の時間には、休養ではなく新たな仕事を詰め込んで。皆が揃って、束の間の息抜きさえせずに働き続けている。
 それほどの勤勉さも、成果を出すこと無しには評価されないシステムになっているのには、驚くばかりだ。自らの寿命を削り取るような熱心さで何十時間もぶっ通しで働いても、目に見えるかたちで良い結果をあげられなければそれは誰にも認められない。
 過程に価値はなく、最終的に何を得られるかが全て。個人個人が「努力をした」そんなことには意味がなく、勝ち上がった一人だけが賞賛される。
 この『枠』の中では、誰もが今にも死にそうなくらいにくたびれ果てている。
 自分が良い暮らしを送ろうと思うなら、ライバルである他者とは迂闊に馴れ合えない。だからほとんどの人間が、上辺は仲良く振る舞うとしても本当は孤独で、満たされない想いをずっと抱えている。身体に多大な負担をかけて睡眠や食事の時間を削って労働しているから、顔色も悪くて見るからに不幸そうだ。
 なのに誰一人として、立ち止まって振り返ることが出来ない。これはおかしい、こんなことはやめるべきだと、声をあげることも出来ない。自分だけが落伍するワケにはいかないから、歩みを止めれば即座に脱落してしまう仕組みが、『枠』の中に完成しているから。
 面白い状況が、出来上がるものだね。
posted by 樋川春樹 at 03:46| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月20日

『ショコラ』

 一本足の丸いテーブル、その上に並べられた四枚の白い皿の上。
 ほとんど隙間なくびっしりと、咲き誇る花のようにずらりと並ぶのは、とりどりの意匠を凝らしてつくられた、菓子とは思えぬ美しさを備えた菓子の数々。
 ひとの手でなされたとは信じられぬほどに繊細な細工を施されたそれらは、口に入れる行為が不遜と思えてしまうくらいにいっそ神々しさをすら感じさせる。

 チョコレート、なんて呼ぶのが申し訳ないみたい。チョコッて言ったら、イメージは板チョコだからね。気取って言うならショコラッて言うの? どっちにしても、食べるのがもったいないね。

 ユルい笑顔を浮かべて、館のあるじはそう言った。
 だから彼は−館の家事全般雑務一切を取り仕切る、生真面目な執事然とした黒髪の彼は−しっかりと毅然と、けれど押しつけがましくならないよう注意を払いながら、彼女に向かって言う。

 食べていただかなければ困ります、これだけの量をいつまでも飾っておくわけにはまいりません。それに何より、これはあなたへのバレンタインデーの贈り物なのですから。

 でも、これ全部私が食べるの? テーブルいっぱいのチョコレートのお菓子を、一人で? ねえ、みんなで分けて食べちゃいけないかな? 甘いもの、嫌いじゃないけど、さすがにこれはちょっと多すぎるよ。

 嬉しそうに、ほんの少しだけ照れたように、言葉をつなぐ彼女に。
 意図してきっぱりと首を横に振って、彼は慇懃な態度で言い渡す。

 いいえ、お一人で全て召し上がっていただきます。何故ならば、これらは全てあなた一人のためだけに用意させていただいたものなのですから。お茶の時間に食べ切れないとおっしゃるのでしたら、夕食も明日の朝食もチョコレート菓子になさいませ。

 黒髪の同居人の珍しい冗談に、館のあるじは一瞬だけかるく瞳を見開いて。
 それから、実に楽しそうに声をあげて笑い始める。

 わかった、わかったよ。命を賭ける覚悟でいただかせてもらうよ。せっかくの心尽くしだものね。でも、本当に食べてしまうのがもったいないぐらいに綺麗なショコラだね。

 『枠』の外側で生きていながら、それでもときには内側にいた頃と同じようなことをしたがる。
 する必要のないことを、本当はしたいとさえ思っていないかもしれないことを。
 多分、自分達は今でも人間で居続けたいと願っているのだ。
 もう戻れない一歩を踏み出してしまった自分を、自覚していながら、それでもなお。
posted by 樋川春樹 at 02:04| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『てっきり』

 ───死んだ。
 と、てっきりそう思った。

 酷い夢の中から急激に醒めるときのように急に目を開いて、それが早合点だったことを知る。
 こうして目覚めた以上は、ただ意識が途切れていただけのようだ。
 それなら、とほとんど無意識の動作で起き上がろうとして、自分の身体の大半が思い通りに動かせなくなっていることに気づいた。
 仰向けに転がった状態で、しばらくの間ごつごつと冷たい石の感触をただ背中に感じる。

 『木偶』は近頃、段違いに強くなった。それに、ちょっと途方も無いほどの勢いで数を増している。
 少し前までは『木偶』がどれだけいようとこちらは一人で何の問題もなく相手が出来た。殲滅までに大した時間もかからなかった。
 ところが今では、百にも満たない数の『木偶』に少々苦戦するような事態が度々起こるようになった。状況を終了させるまでに前とは比較にならないぐらい時間を費やさなければならなくなったし、稀にとは言え今まさにそうなっているように行動不能になるほどの傷を負わされさえするようになった。

 『枠』の中にはいたるところ『木偶』が溢れている。
 『木偶』とは、つまるところ愛することも愛されることもなかった魂のなれの果てだ。
 愛されたいと願いながらもついにかえりみられなかったもの。
 自らが愛することを最後までおぼえられなかったもの。
 誰からも必要とされず誰をも必要とせず、ほんとうの意味でのつながりを持てずに、宙に浮いてしまった存在。
 その欠片がひとつところに集まり、引き返せないほどに変質してしまったもの───それが『木偶』だ。
 昔、そのように説明されたことがある。

 ひととは異なる『狩人』である彼には詳しくはわからないが、『枠』の中はもう随分と不幸で物騒な場所になってしまったようだ。
 自分達がどれだけの数の『木偶』を壊しても、『枠』の内側が永遠に変わってしまったのであればそれはしても無駄な努力ということになるのかもしれない。
 それでも、『狩人』は与えられた使命のままに『木偶』を壊し続けるだけだ。
 全ての『木偶』が全ての『枠』から姿を消すまで───あるいは、もしかしたら、自分が『木偶』に壊される日が、来るまで。
posted by 樋川春樹 at 02:03| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『充実』

 わたしはもう十分に長いこと生きました。
 いろいろなことがありました。
 けして幸福なことばかりではなかったけれど。
 思い返す度に声をあげて泣き叫びたくなるぐらいに悲しいこと、つらいこともたくさんあったけれど。
 それでも、今こうして振り返ってみれば。
 充実した、素晴らしい人生であったと言い切れます。
 わたしの身に起こった何もかもが、今日この日のわたしをつくりあげてくれた。
 どれひとつ欠けてもわたしがわたしでなくなってしまう、全てが大切な記憶。
 だから、わたしは心の底から、何度でもこう言えるのです。
 もしも時間が巻き戻って、もう一度人生を生き直せるとしても、そっくりそのまま同じ日々を生きたいと思えるほどに、充実した……わたしにはもったいないほどの、素晴らしい人生でした。

 静かな口調で語る老女、穏やかで迷いのない微笑、深みのある声が部屋の中をゆるゆると流れてゆく。

 家族、恋人、友人のあらかたを、一人の人間が一生に一度遭遇すればそれはどうしようもない不運だと表現出来るほどの事故や災害で失い続けた彼女は、人生最後の日に、それでも優しく笑っていた。
 運命は、その生涯に渡って彼女から大事なものを奪い続けたというのに。
 それをことさら嘆いてみせることも、まして恨み言を口にすることもなく、彼女はただあらゆることを受容した笑顔で、かみさまのような笑顔で、自分の一生は素晴らしいものだったと、断言した。

 『引き金』を握った手を灰色のコートに隠して、窓の前に呆然と立ち尽くす私を、彼女はどのような存在ととらえただろうか。
 ようやく自分を連れに来た、遅刻癖のある死神と思ってくれたのか。
 あるいは、私こそが彼女を翻弄し続けた『神』であると───気づかれてしまっただろうか?
posted by 樋川春樹 at 02:03| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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