2013年07月03日

『最果て』

 何のために生まれたのか、何のために生きるのか。
 生涯に渡ってそんな疑問に悩まされ続けるのは、きっと無知で愚かな人間たちだけだ。
 他の動物や植物はそもそもそんなことを疑問に思わないだろう。
 『狩人』としてつくられたボク達は、自分が何のために───誰のために、何をするために此処にいるのか、最初から完璧に理解している。
 空色の『竜』だってきっとボク達と同じだ。自分が何をしに此処へやって来たのか、何をするために此処にいるのか───完全に空の色と同調する綺麗なウロコを持つあの『竜』は、最初の最初からそれを知っている。

 『マスター』がスケッチブックに描いた『竜』の絵に、短いテキストを添える作業を先日から始めた。
 繊細なタッチで描かれ、鮮やかな色彩をまとった何枚もの『竜』の絵。
 絵本や画集をつくろうとする意思は別にないのだけれど、結果としてこれはそういうものになるのかもしれない。
 美しいけれどどこかに深いかなしみと拭い難いあきらめのようなものを感じさせる『マスター』の絵を、一枚につき数時間も十数時間もじっくりと眺めて瞳と心にしっかりと焼きつけて、ボクの中にある語彙を総動員して相応しいフレーズを考え出す。
 それは傍目から見ればとてつもなく地味で時間だけがやたらとかかってそもそも何でそんなことをしているのだろうと不思議に思うような作業かもしれないけれど、ボクにとってはとても充実している満ち足りた時間をもたらしてくれるものだった。

 これが画集になるにせよ絵本になるにせよ、その中身はボク自身と『マスター』の二人しか知らない。
 あらゆる『枠』の内側で書かれたり描かれたりした全ての書物が集まる最果てであるこの図書館の中で本を書いたら、その本はどういう扱いになるのだろう? ただちに複製されてもう一冊が棚におさまり、その瞬間を目撃出来るのか、あるいはこの図書館と言えど『枠』の外で書かれた本までは蒐集出来ないのだろうか。
 『枠』の外で書かれたと思しき本はこの場所には一冊もないけれど、そういう本が存在するという噂を聞いたこともないから、そういう本がどうなるのかはボクにさえわからない。
posted by 樋川春樹 at 22:57| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月26日

【指令】最終週:樋川→華涼

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ごきげんよう、華涼嬢

さて、今回の任務の内容を伝える。
以下の一つのタイトルについて文章作品を完成させて欲しい。

『起承転結』

・期限は2013年7月3日23時59分までとする。
・任務完了後、「@utanarahi」まで必ず報告をすること。

なお、次回の指令は2013年7月1日0時より、期限までに発表する。

では、任務の成功を心より祈る。


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posted by 樋川春樹 at 19:47| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『アプリ』

「それじゃあ、このアプリの使い方を簡単に説明しておくよ。マップ上のこのマークが自分の現在位置。目的地は複数指定可能で、ここをタップするとガイドカーソルが表示されて、おおよその距離と到達予測時間がここに出る。現在位置はリアルタイムに反映され続けて、測定誤差は1センチ未満だから、この画面さえ見てれば道に迷うことはないよ。ん、何か質問? え、今いるココは中世ヨーロッパでGPSなんか存在しないのにどうやって現在位置を測定してるのかって? それに、航空機から観測でもしなければ描けないほど精巧な、この時代には絶対存在しないほどの詳細な地図がここに表示されているのはどうしてかって? うん、とても良い質問だけど、残念ながら今はそれを事細かに説明している時間がないから、『十分に発達した科学は魔法と見分けがつかない』とだけ言っておくよ。次に、目的地の指定の仕方だけど、これには音声認識が利用出来て……」
posted by 樋川春樹 at 19:42| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『こぢんまり』

 テーブルの上で開いたノートパソコンのまわりに、やることを終えたみんながいつの間にか集まってくる。
 モニタ一面に表示された画像検索の結果一覧、その膨大な写真の列を眺めながら。
 こういう雰囲気がいい、こっちのこれも捨て難いんじゃないか? なんてとりとめのないことを口々に発言し合う。

 どこか静かな町に、こぢんまりとした可愛らしいカフェをつくって、平穏に生きてゆこう。
 ふつうの人間みたいに。

 思いつきの冗談だったその計画は皆で話題に乗せあっているうちにだんだんと明確な夢となり、いつしか叶えたい将来設計へと姿を変えていた。
 どういう内装にするか、どんな感じの食器を揃えるか、扱うメニューはどうするか、こうなったら制服だってデザインしてみよう。

 ドリンク単品にも、ちょっとしたお茶菓子をサービスするようにしよう。クッキーをたくさん焼いておいて、お皿の端にちょっと添えたりして。そうして、半日でも一日中でも長くいてもらえるぐらい、居心地の良い空間にしよう。採算がとれなくても構わない、自分達はお金を儲ける必要なんてないんだから。

 最初の最初からヒトではない彼らと、もうじきヒトではなくなってしまう私とが、人間としての平穏な暮らしに思いを馳せつつ、手が届きそうな錯覚に彩られた希望を語り合う。それはきっと叶わぬ夢などではなく本気でやろうと思えば今すぐにも実現出来る程度のもので、でもそれを本当にはしないでいつだって変更可能な曖昧な幻想として共有することで、私達は「同じ夢をみる」という遊びにいつまでも浸っていられる。
posted by 樋川春樹 at 19:41| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『切開』

「コインロッカー、また開いたんでしょう? 今度はどんなヒトだった?」
「うん、女子高生だった」
「都市伝説とか真に受けるのはやっぱりその年代かぁ。『引き金』で何をしたいって言われたの?」
「二重まぶたに整形したいって言われた」
「二重まぶたに……、───え?」
「生まれつき片方が一重でもう片方が二重なのがコンプレックスで、対人関係や恋愛にも臆病になりがちだから、『ひとりの一生に一度だけ運命を変えられる引き金』の力でちゃんとした二重まぶたを手に入れて自信に満ちた明るい人生を手に入れようと思ったらしい」
「それは……うーん、そういう解釈になるのか……」
「一応、この『引き金』にはもっとすごい力があるしまぶたを二重にするだけならアイプチとか整形とか、後はオトナになったら勝手に二重になる場合もあるって説明はしたけど、譲ってもらえなくて……」
「整形手術? まぶたを切開したり糸みたいのを埋め込んで二重にするっての、そう言えば聞いたことあるな……」
「しょうがないから二重まぶたにしてあげた」
「そんなことも出来るんだ『引き金』?!」
「やろうと思えば何でも出来るものなんだね……」
「運命変えることなら何でもアリなんだ『引き金』……」
posted by 樋川春樹 at 19:41| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月19日

『キャラメル』

 深夜のファミリーレストラン
 客の姿もまばらな静まり返った店内で
 俺らの姿は奇異に映るだろうか

 ぼろぼろになったミリタリージャケットを着た男と
 笑えるぐらいに痩せ細って青白い顔色をしたガキと
 関係性のまったく読めない二人が向かい合って座っている

 おいしいものをおなかいっぱい食べたい、と言うからここへ連れて来た
 美味いかどうかは知らないがこんな時間にやっている飲食店なんてここぐらいしかない
 ガキはハンバーグとエビフライがついたセットを注文したが
 ハンバーグを半分以上残しやがった

 余りものを処理している俺に向かって
 次はあまいものが食べたいと言う
 好きにしろと言ってやると
 キャラメルハニーパンケーキとかいうものを注文して
 結局アイスもパンケーキも半分以上食べきれなかった

 他に何か欲しいものはあるかと問うと
 もう何もない、ありがとうと頭を下げる
 そんなワケはないだろう、と口から出かかるが
 これ以上を望まれたところで叶えてやることも出来ないのだ、と気づいて
 何も言わないでおいた

 世界は残酷な方向にだけ平等だ
 『枠』をどれだけ拡大しても
 一番悲惨な運命からは決して逃れられないのなら
 足掻くことにどれほどの意味があるというのだろう?

 食べ残したパンケーキをじっと見つめているガキの暗い瞳には
 もはや過去も未来も見えてはいない
 ただの手違いでほんの少しだけ伸びてしまった生の時間
 それもすぐに終わってしまう
 見なければ良かったような夢

 もしも生まれ変われるなら、

 小さくて臆病な声がかすかに空気を震わせる

 今度は、パパとママと、ずっと一緒に、しあわせに───、

 しまいまで言うことを恐れたかのように、ガキは急に口をつぐむ
 俺は聞こえなかったフリをして、真っ黒に塗り潰された窓の外に視線を投げる

 バカだな、お前どうして、もっと───。

 何か言い返してやりたかったが、こちらの言葉も形をとる前に消えてしまう

 『虚ろ』。
 世界を壊す−取り返しのつかないほどに−子ども達。
 愛されなかった連中は、それでも自ら愛さなかったことに対する報いを受ける。
 目の前にいるガキが人間として生まれ変わることはもうない。
 だから俺は、ここを出たらコイツを始末してしまわなければならない。
posted by 樋川春樹 at 16:31| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『べっとり』

 もう何枚も、『竜』の絵を描いた
 緑の表紙の、大きなスケッチブック
 『竜』はどれも、大きくて優美な翼をいっぱいに広げていて
 なのに、巨大な身体で精一杯に届かぬ空を見上げている

 『竜』の翼にはキズひとつなく力強くいつでも空を舞えそうなのに
 それでも『竜』は大地をしっかりと掴んだまま離さない空に焦がれているのに
 ああ、『竜』はきっと知っているのだ、と思う
 自らが大地を見限り飛び立つそのとき、『竜』は世界を喰わねばならない

 だから掴んだままのものを離せないのだ───
 この大地に『竜』が大事にしたいものがある───
 全てを喰らい尽くす運命に抗ってなお───
 その翼をいっぱいに広げながらも飛び立てない理由がある───

 空と同じ色をした大食らいの『竜』でさえ世界に執着すると言うのに
 スケッチブックをぱたんと閉じてため息をつく私の周囲では
 世界は右も左もべっとりとした悲しみと絶望に塗り潰されていて

 比類なき美しさを持つ『竜』の翼が華麗に空を舞うときに
 重苦しいあれやこれやからすっかり解放されることだけが
 私の望みであり救いであるというのに

 ああ、『竜』は一体何に心を奪われ自分の役目を忘れてしまったのか
posted by 樋川春樹 at 16:30| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『乱闘』

 最初に手にされた武器は、棍棒だったろうか、それとも尖った石だったろうか。
 明確な意思のもとに相手に振り下ろされるために手に取られるその道具。
 それを手に入れたその瞬間から、人間の争いの歴史は始まったのに違いない。

 無数の怒号と悲鳴が入り乱れて、ひとつの大きな音になる。
 すぐそばにいる若い兵士はきっと、自分がわめき続けていることを認識していない。
 戦場という特異な状況で間近に迫る死の恐怖と殺戮の衝動に全身を支配されて、完全に我を忘れている者が大半。
 手のつけられない乱闘の中で、味方を−友人達を−手にかけていても、まるで気づいていない。

 愚かしくも悲惨なことだ、と周囲の状況を確認する。
 感情に流されやすい人間達は自分自身をも制御しきれない。
 この大地に染み込む血液の内の何割が流されなくとも良かったものなのか、それを割り出すことはかなり難しいだろう。

 最初に手にされた武器は、どのような意思のもとに振り下ろされたのか?
 愛する者を非道なふるまいから守るため、では、きっとなかっただろう。
posted by 樋川春樹 at 16:29| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月12日

『サークル』

 三つ子の魂百まで、とはよく言ったもの。
 幼稚園に入るか入らないかの頃から始まったオカルト好きは留まるところを知らず加速。
 小中高を他人には理解され難い趣味と共に乗り越えた私は、大学に入ってからも『都市伝説同好会』なる怪しげなサークルに籍を置き、家族や友人達を絶賛呆れさせている。
 小さな頃の私の胸を躍らせた、ネッシーもミステリーサークルも妖精写真も、人為的なトリックであると解明されてしまったけれども。
 世の中にはまだまだ科学では説明のつかない不思議なことが大量に存在する。
 百の内の九十九がインチキや勘違いであっても構わない、たった一つでも本当に本物の超常現象があるのならば、私は一生に一度でいいからそれを目撃してみたい。
 自分でもわけのわからない情熱につき動かされ、数多の心霊スポットを訪ね歩き自己責任系の怪談を読み漁り、ときとしてリアルな危険に身を晒しながらも怪異を不思議を求め続けたけれど、望んだものは手に入らない、入る気配もない。
 そんな私が今日やって来たのはとある駅、南口の東側、『故障中』の貼り紙がされた青い扉のコインロッカー。噂によるとこの扉の向こう側には、一生に一度だけその人の運命を変えられるモノが隠されているらしいのだけれど……。

「……なんか心苦しいけど、ああいう知的に前向きで楽観的なタイプはパスしよう。面白そうではあるけれど、一度存在を知られたが最後延々とつきまとわれそうな気がするから」
「あーいうタイプが『枠』の外に出たらどういう存在になるんだろうなあ。あのテンションのまま無限を生きたりするのかねえ?」
「自分自身がある意味怪奇現象になっちゃうワケだから、嬉しいのかそうでもないのか……わからないけど、とにかく面倒くさそうなのは確かだと思う」
「じゃあアレはパスということで。よその街から電車乗り継いで来てんのに気の毒なコトだなぁ」
「かわいそうだけどねぇ」
posted by 樋川春樹 at 02:22| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『すでに』

 強くならなければ。と思う度、今はまだ弱い自分が強く認識されて、胸の奥がぎゅッと痛くなる。
 ヒトではない彼らと一緒にいるのだから、自分もヒトではなくなるべきだ。いや、自分など最初からヒトでなければ良かったのだ。
 そうすれば、他人に迷惑をかけずに済んだ。自分が傷つくことも、きっとなかったのに。彼らだって、悲しまなくても良かったはずなのだ。
 もはやどうにも出来ないしどうにもならない、完全に完了してしまった事柄について、またも出口のない思考を巡らせてしまっていることに気づいて、激しく頭を振る。
 すでに起こってしまったことに対して思い悩んだり悲しんだり苦しんだりする必要は微塵もないのだと、彼らは自分に繰り返し言ってくれる。
 キミはもう十分なだけの傷を負って、過剰なほどの痛みに耐えた。キミはもう泣かなくていいし、怖がらなくてもいい。次は世界が報いを受ける番なのだから。
 ───ああ、やはり、そもそもはじめから、自分はヒトとして生まれてくるべきではなかったのかもしれない。頭に浮かぶ全ての論理が著しく混乱していて、収拾がつけられない。
 不自然に途切れて捻れた、辻褄の合わない入れ子になった過去と未来の記憶。赦され護られることしか知らない、自身のいびつなあり方。彼らが差し出す救いの手を取った、自分がそのとき抱いたのは、安堵ではなく怨嗟の感情だったのではないかと。忠実極まりない人形達が与えてくれたのは、救済ではなく復讐の手段だったのではないかと。
 強くならなければ、強くならなければ。割れるようにアタマが痛い。細くて柔らかな自分の髪の毛をぐしゃりと握りしめる。強くならなければ、
 ───強く在らなければ。

 気に病まなくとも、わざわざ願わなくとも、自分はすでにヒトではないのかもしれない。
 きっとそうなのだろうと思う。
posted by 樋川春樹 at 02:22| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『革靴』

 ひっくり返った車体の下から、革靴と黒いズボンを履いた片足がのぞいていたから、無造作に掴んで引っ張り出してみた。特に助けてやろうという気持ちもなくほとんど無意識の行動だったけれど、存外に軽い手ごたえに少しだけ驚いた、靴を履いたままのその足は膝から上が存在しなかった。焼け焦げた切断面に視線をやる。黒いズボンが少しだけとは言え焼け残ったのは実に不思議なことだ。

 もはやただの物体に過ぎない人体の一部を地面に放り出して、周囲をぐるりと見渡す。数箇所から空に向かって薄く立ちのぼる煙と未だ消えずにしつこく建築物を焦がし続けている炎の他には、視界いっぱいどこにも動くモノの姿は見当たらない。つい先刻念を入れて確認したばかりなのだけれどそれでも、絶対に見落としがないようにと改めて注意深く見える範囲の全てをチェックする。崩壊した都市、散乱する死体の切れ端、飛び散った血液と肉片、原型を留めない機械の破片、炎、煙、濃厚に漂う死と喪失の気配、どっちを向いてもそこにあるのは紛れもない、『枠』の終焉の姿。それぞれにディテールの違いこそあれもう十分に見慣れた光景だ。

 自分達は忠実に任務を遂行しているのだ、と思う。それなのに、ときどき自分達が本当は何をするべきなのか、ほんの少しだけあやふやになる。自分達がどれだけの成果を挙げても、それを褒めてくれるときあのひとはいつもどこか悲しそうにしているから。だから他に何か出来ることがあるんじゃないか、なんて考えが脳裏をよぎってしまう。
posted by 樋川春樹 at 02:21| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月04日

『スキンケア』

 人間の女性であるというのは大変なことなんだね、と呟いた声が、自分でも想定していたよりも他人事の口調で。
 広げていた雑誌からふと顔を上げてテーブルの向かい側に座っていた『姉』に視線を向けたのは、呑気過ぎる自分の台詞に相手がどんな反応をしたのか確かめたかったから。
 けれど、と言うべきか、やはり、と言うべきか、『姉』は普段通りの冷徹な無表情のまま、自分が見ているのとは別の雑誌のページを淡々とめくっているだけ。
 相槌を打つどころか目を上げることさえしなかったけれど、彼女が自分の話をちゃんと聞いていることは経験上知っていたから、そのまま発言を続ける。
 スキンケアって言うの? それひとつとっても、洗顔の後に色んなクリームやら何やらを塗りたくってきっちりケアするのが良いって言われたり、逆に余計なものをあれこれ使わずにナチュラルな素材でつくった石けんだけで洗った方が良いって言われたり。ダイエットのやり方もファッションにしても、正解なんかない問題にたくさん振り回されないといけないみたい。

 ねえ、自分がソレを模してるだけで実際は『人間の女性』じゃなくて、良かったと思う?

 悪戯っぽく笑いを含んだ声で問うと、『姉』はほとんど表情をかたちづくることのない唇にほんのかすかな、本当にかすかな苦笑のような色を浮かべて、あれこれ振り回されないといけないのは『人間の男性』も結局同じだ、と静かな声で呟いた。ただ、私達がそれらに関わらないようにしているだけだ、と。

 時間に縫い止められ世界に記憶された『姉』の容姿は煩雑な手順を踏まなくとも、最初につくられたときの若いままの姿で在り続ける。彼女と性別だけを違えた自分の外見も然り。

 人間であることは大変なんだね、言いなおした声もやはりどうしようもなく自分自身には無関係なことを語る声色だったから、けれど自分達は過去に一度も人間であったことがないのだから、それもまた仕方のないことなのかな、と少しだけおかしくなる。
 ───雑多な雑誌を読み漁って使い捨ての情報を詰め込んで、どうにかして生きた人間を真似ている自分達の滑稽さ。
posted by 樋川春樹 at 00:52| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『およそ』

 『狩人』には寿命はない。
 もとよりまがいものの生命が尽きるはずもなく、仮に『木偶』もしくはそれに準ずる存在に完膚なきまでに叩き壊されたとしても、肉片のひとかけらからでさえ───細胞の一片からでさえ───再生することが出来る。
 形式を真似ただけに過ぎない偽りの生を無限に反復する彼らにとって、およそ百年という短い間しか生きられない人間の存在、人間の生きる時間は、取るに足らなくてちっぽけでどうしようもなくて、それでいてはかなくてもどかしくてやりきれない。
 『狩人』達にはいつか必ず終わる生を生きている人間達の気持ちがわからないし、ちょっとしたことであっけなく死んでしまう脆弱な身でありながらときとして本当に無謀で愚かなことに踏み切ってしまう人間の精神構造がわからない。
 姿形や立ち居振る舞いを模倣して、人間達の社会の中で暮らせるように様々な技能を身に着けておきながら、根本のところは絶望的にわからない、想像してみることさえ出来ない。

 いつか終わりがあるなんて、それはきっと悲しいだろう。

 いや、多分すごく恐ろしいことに違いない。

 もしかしたら、とても悔しいことかもしれない。

 でも本当は、ほんとうは素晴らしいことなのかもしれないな。

 『狩人』達が口にする感情を表す言葉さえも、実のところ人間達が使うその音を真似たものに過ぎないのかも、しれない。
posted by 樋川春樹 at 00:51| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『改札』

 ほら、あそこを見てごらん。
 この指の先にある、改札のすぐそばのところ。
 犬が一匹、きちんとおすわりしているのが見えるかい?
 あの犬は、もう何か月も毎日同じ時間にここへやって来て、すっかり夜になって駅を利用する人が完全にいなくなるまで、ああしてじっと座って待っているんだよ。
 何を、って?
 今ではもうこの世にいない、愛するご主人様の帰りを、さ。

 数か月前までは、あの犬は改札をくぐって出て来るご主人様に連れられて、夕暮れの道を一緒に家まで帰って行ったものさ。
 でもあの犬がこよなく愛したご主人様は、事故であっさり亡くなったんだ。
 ご主人様はもういない、どこにもいないのに、あの犬はああして毎日あの場所へやって来て、以前のようにご主人様の帰りを待っている。
 感動的なハナシだと思うかい?
 忠実で賢い犬の、涙を誘う美談だと思うかい?
 素直に解釈するなら、そうなんだろうね。
 そうなんだろうし、そう解釈しておけば、世の中はうまく回っていくのだろうね。

 けれど、こうも考えられはしないかい?

 あの犬は、主人の死を理解出来ないほどに愚かなのだと。
 愚鈍であるが故に、あの犬は状況の変化を把握出来ない。
 あの改札から待ち人が出て来ることはもう決してないのに、それでも頑なに同じ時間同じ場所でああやって待ち続けるのであれば……それは、身に染みついた行動をただなぞっているだけ、日課となった行動を機械的に反復しているだけ、ではないのかな?
 本当に忠実で本当に賢いのならば、あの犬は今頃主人の墓石の前にいるはずさ。

 あるいは、こうも考えられるんじゃないかな?

 亡くなった主人をああやって慕い続けているあの犬に、この駅の周辺に店を構えている人々はとても優しくしている。
 お腹が空いてはかわいそうだとあれこれとえさを与えて、暑い日には水を用意してやったりもする。
 それでなくてもまめに声をかけて撫でてやったり、とにかくあの犬を決して邪険には扱わない。
 だからあの犬は要するに、そんな風に大勢の人間にちやほやされたいからここに来るのではないのかな? あの場所に来てああして座っていれば、大勢の人間が自分を構ってくれる、おいしいものをくれるということを学習したから、だからああしているだけではないのかな?
 ねえ、もしもこの付近の人達があの犬を疎ましく思って、水をかけたり棒切れで叩いたりして追い立てたりしたら、それでもあの犬はあの場所に戻ってくるのかな?

 人間は、自分でも気づかないうちに自分自身で設定した『枠』でもって、世界を切り取って解釈する。
 あの犬がどうしてあそこで座り続けているのか、何かを待っているのかどうかさえ、あの犬自身にしか結局わからないことなのに、意味づけの毒に狂った人間の脳はそこに物語を読み取らずにはいられない。

 でもまあ、じっくりよく見るとなかなか利口そうで、愛嬌のある顔つきをしたかわいい犬だよね。
 近くに寄ってちょっと撫でていこうか?
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2013年05月29日

『カスタム』

 「きみがもどってきてくれてほんとうにうれしい」と
 屈託なく笑ってみせる彼らのしたことが
 間違いだったのか正しかったのか
 決してしてはならないことだったのかしなければならないことだったのか

 結局わからないしもうわからなくてもいいと思っている

 乞われるままひとであることを捨てた自分は世界を描きかえる絵筆をとった
 間抜けなミスで脱落してしまった自分を取り戻してくれた彼らのために
 ───ただ、彼らのために

 世界が認識するすべての色彩を宿した絵筆は『神』にも『英雄』にもない力
 八つの色にカスタムされた『狩人』達は
 自らの腕が千切れ脚がもげようとも少女を守り全力で『木偶』を壊し続ける

 役割は単純にして明快なのだから
 どんなエゴもどんな過ちもすっかり棚上げにしよう
posted by 樋川春樹 at 00:53| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『くまなく』

 その少女は、なりそこないの『木偶』
 絶望に身をゆだねることも出来ず
 なのに希望に向かってあがくことも出来ず
 『一度は喪った』彼女に病的に執着する
 まやかしの生命達に求められるまま
 『枠』の外に踏み出したナニモノでもない少女

 何十年、何百年、もしかしたらそれこそ何千年も前のこと
 たったひとつの致命的なミスにより『狩人』達は彼女を喪った
 『マスター』をあらゆる危難から守り従順に仕えることこそが唯一の存在意義であったのに
 彼らは絶対になくしてはならないものを奪われてしまい

 ───ありえないほどの狂気に囚われた彼らは
 『枠』を捻じ曲げ
 いびつな時間の中から
 彼女を
 大切な彼女を取り戻した

 少女の記憶は著しく混乱している
 表情にも言葉にも出さないようにしているけれど
 少女の頭の中には完全に異なった複数の記憶がある

 誰からも愛されず一人無力に朽ち果てて虚ろに呑まれ『木偶』と成り果てた自分
 あるいは一瞬の油断から屠るべき『木偶』に喉を喰い破られ無残に絶命した自分

 もう死んだ、のに、今も生きている、死なずに続いている人生の記憶もある

 そのどれが本当の自分の本来の記憶なのか
 少女にはもうわからない

 等価値に存在する複数の記憶は絶対的に矛盾を孕むはずなのに
 何度何度何度反復して考察してみても、くまなく整合性がとれているのだ
 今こうして生きている自分の中にもう死んでしまった自分の記憶がある
 死んでしまった自分がそれよりも後の時間を生きている自分のことを考えている
posted by 樋川春樹 at 00:53| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『造語』

 遥か昔、最初の『神』は誰だったのか
 彼もしくは彼女に、初めて呼びかけたのは誰だったのか
 『神』を『神』と名づけたのは誰だったのか

 そのものをそのものと定義し
 新しくつくりだされた言葉でそのものを呼ぶとき
 そのものは世界から切り分けられそのものとして姿をあらわす

 ひとは新しい言葉をうみだすことで
 概念を無限に分断し
 あらゆるものを『枠』の中に見い出せる

 『神』に『神』という名称を与えたのは誰だったのか
 『英雄』を
 『竜』を
 最初に呼んだのは誰だったのか
posted by 樋川春樹 at 00:52| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月22日

『オアシス』

 ボクは放って置いても大丈夫だから、と言葉を続けかけて、そのとき唐突にその子どもがボクのそばから離れようとしない理由に思い当たる。気づいてみれば単純なことだ、ボクのそばを離れたところで彼女にはもうどこにも行くあてがないのだ。彼女と会ったときそばに転がっていた血まみれの死体は、きっと家族だったのだ。父親だったのか母親だったのか、人体としての形状を留めていなかったからそれがどっちだったのかはわからないけれど。悲惨なまでに真っ赤な物体、ただのモノに成り下がったその隣りに、それでもその子はそこから立ち去ろうとせずにうずくまって寄り添っていた。
 無防備で無力な彼女がボクに見つけられるまで生き残っていたのは、ただ単に本当に運が良かったからに過ぎない。実際、ボクと目が合った次の瞬間には彼女を別の方向から発見した兵士が襲いかかってきて、兵士は何故か(多分もうおかしくなっていたのだろう)実際の脅威であるボクではなく小さくて弱々しい彼女に武器を向けて、ボクが彼女を助けたのだって完全に気まぐれに過ぎなかったワケだから。
 ボクが立ち上がろうとすると、彼女は縋るような目でボクを見上げて、それでもボクの服の裾を掴んだり行かないでほしいと口に出して言ったりはしなかった。そんなところも『マスター』にそっくりだと思ったけれど、でもやっぱりその子どもとあのひととは決定的に異なっているのだし、やっぱりボクには彼女を助ける義理はない。
 どこか絶対に安全で安心なオアシスのような場所があったなら、もしかしたらその子をそこへ連れて行ったりしただろうか? 頭の片隅でちらりと想像してみたけれど、結局そんな場所は何処にもありはしないのだ。そんな場所が何処にもないから、オアシスの存在しない砂漠のような世界で、ボク達は『マスター』と共に長い間戦っているのだもの。
 キミは何処にも行く場所がないんだね、キミを守ってくれる人も、キミが身を隠せる場所も、キミにはもう何もないんだね? 静かな声で尋ねると、幼い彼女は幼いアタマで一生懸命にボクの言葉を理解して解釈して、それからこくんとひとつうなずいた。
 だったら、もうここでおしまいにするかい? キミはボクが助けてくれると思ってるのかもしれないけれど、本当のところボクはこの『枠』を───この世界を終わらせに来たんだよ。今ここでボクに殺されるか、一人残された後で誰か別の人間に殺されるか、これからすぐに訪れる『枠』が壊れるときに一緒に存在が消滅するか。キミに残された選択肢はそう多くない。ねえ、もうここで、おしまいにするかい? ボクならキミを、苦痛のない方法で眠らせてあげられるよ。
posted by 樋川春樹 at 21:58| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『だんだん』

 そんなことをしていないで早く遠くに逃げなよ、ボクの言葉に、彼女はさらさらとした薄茶色の髪を震わせて頑なに首を振る。柔らかな蜂蜜色は『マスター』の持つ色にとてもよく似ていて、ボクはほんの一瞬だけ、幼い頃のあのひとが目の前にいるような錯覚をおぼえる。
 決然とした表情で下唇をきゅっと噛み締めて、何かとても大きな痛みに耐えるようにしている様子も『マスター』とそっくり同じだから、ボクはだんだん本当に幼稚園に通っている最中か小学校に上がったばかりの頃の『マスター』と一緒にいるような気持ちになってきて、ああ、今目の前にいるのがあのひとであるならばそれはたとえどんなことをしてでも、たとえばこの身が八つ裂きにされたり切り刻まれたり焼き尽くされたりしたとしても、自分のことは後回しにして彼女を守らなければならない、その肌にほんのちっぽけなかすり傷一つつかないように、なんて考えを頭の中でぐるぐると巡らせて。
 それから、違う、いま目の前にいる子どもはただ蜂蜜色の髪を持っているだけのまったくの別人で、だからこのボクが守ったり庇ったり気遣ったり優しくしたり親切にしたりする必要のないモノだ、と迷走しかけた思考を決着させる。
posted by 樋川春樹 at 21:56| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『湿布』

 半分どころか三分の二以上も崩れかけた、持ち主が放棄して久しいその建築物の中で。
 その必要がない、とやめさせようとするボクの拒絶を無視して、彼女はボクの怪我の手当てをした。
 と言ってもその建物には医療用品など中身を床に散乱させた粗末な救急箱がひとつあるきりで元々満足のいくクオリティの医療行為は不可能だったし、そのうえ治療にあたる彼女にしたって出来ることは見るからに不器用極まりない手つきで、血が流れている場所に適当にガーゼを当てたり包帯をぐるぐると巻きつけたり、あるいはとりあえず色が変わっている箇所に湿布を貼りつけてみたりする程度。
 見たところ幼稚園に通っている最中か小学校に上がったばかりかという彼女の年齢を考えれば上出来の処置だと賞賛してあげるべきなんだろうか?
 しかしボクの身体についたそれらの傷はいずれも何の手当てもせずともすぐに塞がりやがては癒えて一つ残らず消え去ってしまうものなのだから、彼女の行為はそもそも無意味なものであって、ボクがわざわざ頭を下げなければならない要素なんか一つもないと思うのだ。
posted by 樋川春樹 at 21:55| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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