2013年07月03日

『最果て』

 何のために生まれたのか、何のために生きるのか。
 生涯に渡ってそんな疑問に悩まされ続けるのは、きっと無知で愚かな人間たちだけだ。
 他の動物や植物はそもそもそんなことを疑問に思わないだろう。
 『狩人』としてつくられたボク達は、自分が何のために───誰のために、何をするために此処にいるのか、最初から完璧に理解している。
 空色の『竜』だってきっとボク達と同じだ。自分が何をしに此処へやって来たのか、何をするために此処にいるのか───完全に空の色と同調する綺麗なウロコを持つあの『竜』は、最初の最初からそれを知っている。

 『マスター』がスケッチブックに描いた『竜』の絵に、短いテキストを添える作業を先日から始めた。
 繊細なタッチで描かれ、鮮やかな色彩をまとった何枚もの『竜』の絵。
 絵本や画集をつくろうとする意思は別にないのだけれど、結果としてこれはそういうものになるのかもしれない。
 美しいけれどどこかに深いかなしみと拭い難いあきらめのようなものを感じさせる『マスター』の絵を、一枚につき数時間も十数時間もじっくりと眺めて瞳と心にしっかりと焼きつけて、ボクの中にある語彙を総動員して相応しいフレーズを考え出す。
 それは傍目から見ればとてつもなく地味で時間だけがやたらとかかってそもそも何でそんなことをしているのだろうと不思議に思うような作業かもしれないけれど、ボクにとってはとても充実している満ち足りた時間をもたらしてくれるものだった。

 これが画集になるにせよ絵本になるにせよ、その中身はボク自身と『マスター』の二人しか知らない。
 あらゆる『枠』の内側で書かれたり描かれたりした全ての書物が集まる最果てであるこの図書館の中で本を書いたら、その本はどういう扱いになるのだろう? ただちに複製されてもう一冊が棚におさまり、その瞬間を目撃出来るのか、あるいはこの図書館と言えど『枠』の外で書かれた本までは蒐集出来ないのだろうか。
 『枠』の外で書かれたと思しき本はこの場所には一冊もないけれど、そういう本が存在するという噂を聞いたこともないから、そういう本がどうなるのかはボクにさえわからない。
posted by 樋川春樹 at 22:57| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。