2013年06月19日

『べっとり』

 もう何枚も、『竜』の絵を描いた
 緑の表紙の、大きなスケッチブック
 『竜』はどれも、大きくて優美な翼をいっぱいに広げていて
 なのに、巨大な身体で精一杯に届かぬ空を見上げている

 『竜』の翼にはキズひとつなく力強くいつでも空を舞えそうなのに
 それでも『竜』は大地をしっかりと掴んだまま離さない空に焦がれているのに
 ああ、『竜』はきっと知っているのだ、と思う
 自らが大地を見限り飛び立つそのとき、『竜』は世界を喰わねばならない

 だから掴んだままのものを離せないのだ───
 この大地に『竜』が大事にしたいものがある───
 全てを喰らい尽くす運命に抗ってなお───
 その翼をいっぱいに広げながらも飛び立てない理由がある───

 空と同じ色をした大食らいの『竜』でさえ世界に執着すると言うのに
 スケッチブックをぱたんと閉じてため息をつく私の周囲では
 世界は右も左もべっとりとした悲しみと絶望に塗り潰されていて

 比類なき美しさを持つ『竜』の翼が華麗に空を舞うときに
 重苦しいあれやこれやからすっかり解放されることだけが
 私の望みであり救いであるというのに

 ああ、『竜』は一体何に心を奪われ自分の役目を忘れてしまったのか
posted by 樋川春樹 at 16:30| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。