2013年06月12日

『革靴』

 ひっくり返った車体の下から、革靴と黒いズボンを履いた片足がのぞいていたから、無造作に掴んで引っ張り出してみた。特に助けてやろうという気持ちもなくほとんど無意識の行動だったけれど、存外に軽い手ごたえに少しだけ驚いた、靴を履いたままのその足は膝から上が存在しなかった。焼け焦げた切断面に視線をやる。黒いズボンが少しだけとは言え焼け残ったのは実に不思議なことだ。

 もはやただの物体に過ぎない人体の一部を地面に放り出して、周囲をぐるりと見渡す。数箇所から空に向かって薄く立ちのぼる煙と未だ消えずにしつこく建築物を焦がし続けている炎の他には、視界いっぱいどこにも動くモノの姿は見当たらない。つい先刻念を入れて確認したばかりなのだけれどそれでも、絶対に見落としがないようにと改めて注意深く見える範囲の全てをチェックする。崩壊した都市、散乱する死体の切れ端、飛び散った血液と肉片、原型を留めない機械の破片、炎、煙、濃厚に漂う死と喪失の気配、どっちを向いてもそこにあるのは紛れもない、『枠』の終焉の姿。それぞれにディテールの違いこそあれもう十分に見慣れた光景だ。

 自分達は忠実に任務を遂行しているのだ、と思う。それなのに、ときどき自分達が本当は何をするべきなのか、ほんの少しだけあやふやになる。自分達がどれだけの成果を挙げても、それを褒めてくれるときあのひとはいつもどこか悲しそうにしているから。だから他に何か出来ることがあるんじゃないか、なんて考えが脳裏をよぎってしまう。
posted by 樋川春樹 at 02:21| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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