2013年06月04日

『スキンケア』

 人間の女性であるというのは大変なことなんだね、と呟いた声が、自分でも想定していたよりも他人事の口調で。
 広げていた雑誌からふと顔を上げてテーブルの向かい側に座っていた『姉』に視線を向けたのは、呑気過ぎる自分の台詞に相手がどんな反応をしたのか確かめたかったから。
 けれど、と言うべきか、やはり、と言うべきか、『姉』は普段通りの冷徹な無表情のまま、自分が見ているのとは別の雑誌のページを淡々とめくっているだけ。
 相槌を打つどころか目を上げることさえしなかったけれど、彼女が自分の話をちゃんと聞いていることは経験上知っていたから、そのまま発言を続ける。
 スキンケアって言うの? それひとつとっても、洗顔の後に色んなクリームやら何やらを塗りたくってきっちりケアするのが良いって言われたり、逆に余計なものをあれこれ使わずにナチュラルな素材でつくった石けんだけで洗った方が良いって言われたり。ダイエットのやり方もファッションにしても、正解なんかない問題にたくさん振り回されないといけないみたい。

 ねえ、自分がソレを模してるだけで実際は『人間の女性』じゃなくて、良かったと思う?

 悪戯っぽく笑いを含んだ声で問うと、『姉』はほとんど表情をかたちづくることのない唇にほんのかすかな、本当にかすかな苦笑のような色を浮かべて、あれこれ振り回されないといけないのは『人間の男性』も結局同じだ、と静かな声で呟いた。ただ、私達がそれらに関わらないようにしているだけだ、と。

 時間に縫い止められ世界に記憶された『姉』の容姿は煩雑な手順を踏まなくとも、最初につくられたときの若いままの姿で在り続ける。彼女と性別だけを違えた自分の外見も然り。

 人間であることは大変なんだね、言いなおした声もやはりどうしようもなく自分自身には無関係なことを語る声色だったから、けれど自分達は過去に一度も人間であったことがないのだから、それもまた仕方のないことなのかな、と少しだけおかしくなる。
 ───雑多な雑誌を読み漁って使い捨ての情報を詰め込んで、どうにかして生きた人間を真似ている自分達の滑稽さ。
posted by 樋川春樹 at 00:52| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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