2013年06月04日

『およそ』

 『狩人』には寿命はない。
 もとよりまがいものの生命が尽きるはずもなく、仮に『木偶』もしくはそれに準ずる存在に完膚なきまでに叩き壊されたとしても、肉片のひとかけらからでさえ───細胞の一片からでさえ───再生することが出来る。
 形式を真似ただけに過ぎない偽りの生を無限に反復する彼らにとって、およそ百年という短い間しか生きられない人間の存在、人間の生きる時間は、取るに足らなくてちっぽけでどうしようもなくて、それでいてはかなくてもどかしくてやりきれない。
 『狩人』達にはいつか必ず終わる生を生きている人間達の気持ちがわからないし、ちょっとしたことであっけなく死んでしまう脆弱な身でありながらときとして本当に無謀で愚かなことに踏み切ってしまう人間の精神構造がわからない。
 姿形や立ち居振る舞いを模倣して、人間達の社会の中で暮らせるように様々な技能を身に着けておきながら、根本のところは絶望的にわからない、想像してみることさえ出来ない。

 いつか終わりがあるなんて、それはきっと悲しいだろう。

 いや、多分すごく恐ろしいことに違いない。

 もしかしたら、とても悔しいことかもしれない。

 でも本当は、ほんとうは素晴らしいことなのかもしれないな。

 『狩人』達が口にする感情を表す言葉さえも、実のところ人間達が使うその音を真似たものに過ぎないのかも、しれない。
posted by 樋川春樹 at 00:51| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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