2013年05月29日

『くまなく』

 その少女は、なりそこないの『木偶』
 絶望に身をゆだねることも出来ず
 なのに希望に向かってあがくことも出来ず
 『一度は喪った』彼女に病的に執着する
 まやかしの生命達に求められるまま
 『枠』の外に踏み出したナニモノでもない少女

 何十年、何百年、もしかしたらそれこそ何千年も前のこと
 たったひとつの致命的なミスにより『狩人』達は彼女を喪った
 『マスター』をあらゆる危難から守り従順に仕えることこそが唯一の存在意義であったのに
 彼らは絶対になくしてはならないものを奪われてしまい

 ───ありえないほどの狂気に囚われた彼らは
 『枠』を捻じ曲げ
 いびつな時間の中から
 彼女を
 大切な彼女を取り戻した

 少女の記憶は著しく混乱している
 表情にも言葉にも出さないようにしているけれど
 少女の頭の中には完全に異なった複数の記憶がある

 誰からも愛されず一人無力に朽ち果てて虚ろに呑まれ『木偶』と成り果てた自分
 あるいは一瞬の油断から屠るべき『木偶』に喉を喰い破られ無残に絶命した自分

 もう死んだ、のに、今も生きている、死なずに続いている人生の記憶もある

 そのどれが本当の自分の本来の記憶なのか
 少女にはもうわからない

 等価値に存在する複数の記憶は絶対的に矛盾を孕むはずなのに
 何度何度何度反復して考察してみても、くまなく整合性がとれているのだ
 今こうして生きている自分の中にもう死んでしまった自分の記憶がある
 死んでしまった自分がそれよりも後の時間を生きている自分のことを考えている
posted by 樋川春樹 at 00:53| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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