2013年05月22日

『オアシス』

 ボクは放って置いても大丈夫だから、と言葉を続けかけて、そのとき唐突にその子どもがボクのそばから離れようとしない理由に思い当たる。気づいてみれば単純なことだ、ボクのそばを離れたところで彼女にはもうどこにも行くあてがないのだ。彼女と会ったときそばに転がっていた血まみれの死体は、きっと家族だったのだ。父親だったのか母親だったのか、人体としての形状を留めていなかったからそれがどっちだったのかはわからないけれど。悲惨なまでに真っ赤な物体、ただのモノに成り下がったその隣りに、それでもその子はそこから立ち去ろうとせずにうずくまって寄り添っていた。
 無防備で無力な彼女がボクに見つけられるまで生き残っていたのは、ただ単に本当に運が良かったからに過ぎない。実際、ボクと目が合った次の瞬間には彼女を別の方向から発見した兵士が襲いかかってきて、兵士は何故か(多分もうおかしくなっていたのだろう)実際の脅威であるボクではなく小さくて弱々しい彼女に武器を向けて、ボクが彼女を助けたのだって完全に気まぐれに過ぎなかったワケだから。
 ボクが立ち上がろうとすると、彼女は縋るような目でボクを見上げて、それでもボクの服の裾を掴んだり行かないでほしいと口に出して言ったりはしなかった。そんなところも『マスター』にそっくりだと思ったけれど、でもやっぱりその子どもとあのひととは決定的に異なっているのだし、やっぱりボクには彼女を助ける義理はない。
 どこか絶対に安全で安心なオアシスのような場所があったなら、もしかしたらその子をそこへ連れて行ったりしただろうか? 頭の片隅でちらりと想像してみたけれど、結局そんな場所は何処にもありはしないのだ。そんな場所が何処にもないから、オアシスの存在しない砂漠のような世界で、ボク達は『マスター』と共に長い間戦っているのだもの。
 キミは何処にも行く場所がないんだね、キミを守ってくれる人も、キミが身を隠せる場所も、キミにはもう何もないんだね? 静かな声で尋ねると、幼い彼女は幼いアタマで一生懸命にボクの言葉を理解して解釈して、それからこくんとひとつうなずいた。
 だったら、もうここでおしまいにするかい? キミはボクが助けてくれると思ってるのかもしれないけれど、本当のところボクはこの『枠』を───この世界を終わらせに来たんだよ。今ここでボクに殺されるか、一人残された後で誰か別の人間に殺されるか、これからすぐに訪れる『枠』が壊れるときに一緒に存在が消滅するか。キミに残された選択肢はそう多くない。ねえ、もうここで、おしまいにするかい? ボクならキミを、苦痛のない方法で眠らせてあげられるよ。
posted by 樋川春樹 at 21:58| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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