2013年05月22日

『だんだん』

 そんなことをしていないで早く遠くに逃げなよ、ボクの言葉に、彼女はさらさらとした薄茶色の髪を震わせて頑なに首を振る。柔らかな蜂蜜色は『マスター』の持つ色にとてもよく似ていて、ボクはほんの一瞬だけ、幼い頃のあのひとが目の前にいるような錯覚をおぼえる。
 決然とした表情で下唇をきゅっと噛み締めて、何かとても大きな痛みに耐えるようにしている様子も『マスター』とそっくり同じだから、ボクはだんだん本当に幼稚園に通っている最中か小学校に上がったばかりの頃の『マスター』と一緒にいるような気持ちになってきて、ああ、今目の前にいるのがあのひとであるならばそれはたとえどんなことをしてでも、たとえばこの身が八つ裂きにされたり切り刻まれたり焼き尽くされたりしたとしても、自分のことは後回しにして彼女を守らなければならない、その肌にほんのちっぽけなかすり傷一つつかないように、なんて考えを頭の中でぐるぐると巡らせて。
 それから、違う、いま目の前にいる子どもはただ蜂蜜色の髪を持っているだけのまったくの別人で、だからこのボクが守ったり庇ったり気遣ったり優しくしたり親切にしたりする必要のないモノだ、と迷走しかけた思考を決着させる。
posted by 樋川春樹 at 21:56| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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