2013年04月16日

『キッチン』

 キッチン、という単語から連想するのは、父親の背中、そして父親の死、だ。

 ひょろりと細い身体の背中を少し丸めるようにして、よれよれになったエプロンを着けて、私のために食事をつくってくれている、父親の姿が思い出される。
 と同時に、冷えた床に身を投げ出すようにして、動かなくなっていた彼の姿も脳裏に浮かんでくる。

 私の父親は気が弱くてお人好しで、周囲から面倒な仕事を押しつけられてばかりいた。頼まれると断れなくて、困ってる人を見ると放っておけなくて。自分がしなくても良いような仕事ばかりを大量に抱え込んで、残業続きの毎日だった。
 子どもが生まれたばかりだというのに家で我が子とふれあう時間もとれず、生まれたばかりの子どもと二人きりで家に閉じこもっているしかない妻をフォローする時間もとれず。

 やがて精神的に追い詰められた母親は、他人にいいように使われてばかりの父親と泣きわめいてばかりで手のかかる赤ん坊とに愛想を尽かして、姿を消してしまった。
 彼女が何を考えてそうしたのか、その後どこへ行ってしまったのか、未だに誰にもわからずにいる。

 妻に逃げられた夫は、たった一人で子どもを育てなければならなくなった。
 育児の時間を捻出するため職を替え、収入減を補うために住居を替えた。
 父親は本当に一生懸命、それこそ全身全霊を賭けて、私のことを育ててくれた。
 自分のことは全部後回しにして、唯一の家族である私が不自由な想いをしないように、いつだって気遣ってくれた。

 毎日あたたかい食事を用意してくれた。
 彩り豊かで凝ったお弁当も持たせてくれた。
 学校の勉強もみてくれたし、長期休暇のたびに遊びにも連れ出してくれた。
 絵に描いたような理想の父親だった。
 私にはそれがずいぶん自慢だったものだ。

 けれど父親は改めて言うまでもなく絵に描いたものではなく生身の存在だったから。
 自らをまるで省みない過剰な優しさの果てに、私が高校最後の授業を終えて帰って来たその日、キッチンの床に倒れて、つめたくなっていた。

 テーブルの上に置かれたスーパーの袋から、たまねぎとじゃがいもがこぼれ落ちて、父親の顔のすぐそばに転がっていた。
 その夜の献立は、私の大好きなカレーライスにするつもりだったようだ。

 母親が家を出たのは、自分の情けなさが原因だ。
 一度も言葉にはしなかったけれど、父さんはきっとずっとそう考えていたのだと思う。
 自分の不甲斐なさのせいで母親を失ったこの子に、だからもう決してつらい想いをさせてはいけない。
 父さんのことだからずっとずっとそう思っていたのだろう。

 それは間違っている、と言いたかったけれど。
 彼がそう思っていたからこそ、私はしあわせに育てられたのだし。
 それを正しい、と認めるとするならば。
 彼の人生はあまりにも、他人のためのもの過ぎて。
posted by 樋川春樹 at 00:13| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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