2013年03月27日

『サプリメント』

 異様に勘の鋭い人間というのがたまにはいるもので、彼女はほぼ一目見たその瞬間からボクに不審なものを感じ取ったようだった。一瞬にも満たない短い間目が合った、ただそれだけのことで、激しい敵意と警戒心をあからさまに向けられたんだから、抗議して謝罪してもらおうかと思ったぐらいだ。まあ、変にモメるような事態は避けたかったし目立ってもメリットなんか何にもないから、わざとらしく気づかないふりをしておいてやったけれど。

 せっかく関わらないようにしてやっているのに、彼女はずっとボクをマークし続けた。ここまでの監視を一秒の隙もなく続けられると、残念ながら今日の計画は中止ということにせざるを得なくなる。仕事を中断されないように彼女を排除してしまおうかと、そのことを考えなかったと言えば嘘になるけれど、あの敵愾心の抱きっぷりじゃボクが声をかけたところで他の人がいる中で騒がれるだけで、ただ単に厄介なことになってしまいそうなだけだったから、それもやめておく。

 それじゃあ今日のところは引き上げようかとパーティー会場を抜け出しかけたところで、驚いたことに彼女の方からボクにコンタクトしてきた。同業者なのだろう男性二人をお供にくっつけて。身分証明書を提示しながら、ボクの振る舞いに不審な点があるから所持品のチェックをさせてもらいたいと詰め寄って来る。ボクはまじまじと彼女達のカオを見つめ返してしまう。今日のボクは正真正銘本当に何もしていないと言うのに、一体どういうつもりでコイツらはカバンの中身を見せてみろなんて偉そうな口調で命令してくるのだろう?
 込み上げる苛立ちと嫌悪感にふと衝動的な行動をとってしまいそうになったけれど、かるく深呼吸して自制する。チェックされて困るようなことは何もないのだから、彼女達の好きにさせてやればいい。

 廊下の隅に連れて行かれたボクは、可憐な花が品良く活けられた花瓶が飾られている白いテーブルの上に、持参していたカバンから取り出したものを次々と並べて行った。スマホに財布、交通系ICカードが入った定期入れに読みかけの文庫本、ハンカチとポケットティッシュ、複数の鍵をまとめてあるキーホルダーに折り畳みの傘。あとは眠気覚まし用のガムと、コンビニで売ってる安物のライター、目の疲れを癒すためのブルーベリーエキス入りのサプリメントの袋。
 こちらがちょっと気の毒になってしまうぐらい、無難なモノしか出て来ない。せめてサプリをピルケースにでも入れ替えて正体不明の薬物っぽくしておいてやれば良かったかも。ライターを持っているのにタバコがないのは何故かと、男の一人がヤケになったみたいに細かいところをつついてきたけれど、喫煙者の友人が忘れて行ったものを返すために持ち歩いているだけだと答えるとそれ以上はツッコんで来られない様子だ。どのみち、100円程度で買えそうなライターがカバンの中に入っていたからと言って、それだけで身柄を拘束出来るワケもない。

 それでも彼女はあきらめなかった。自分の職業に余程誇りがあるのだろう、大した使命感だ。そこらのドラッグストアに山と積まれているようなありふれたサプリメントの袋を指さして、その中身を調べたいと言い出した。調べたいと言われても、どうやって? 鑑識に持ち帰って成分分析をすると言うなら、こんなどこでも買えるサプリは袋ごと全部進呈するけど、その結果が出るまでボクは諸君に付き合ったりはしないし、そんな義理もないよ? ボクには次に行かなきゃならないところがあって、時間も結構おしてるからね。そう言うと彼女は、鑑識なんか必要ない、自分が今ここでひとつ口に入れてみる、とボクをまっすぐ睨みつける。

 ひとつ食べてみせろ、じゃなくて、ひとつ食べてみせる、か。向こうもそれなりには考えているようだね。数百人単位の被害者を出して数十人もが命を落とした遊園地での事件のことを、念頭に置いているのかな。大した正義感だと思う。尊敬に値する。ボクはサプリメントの袋を開いて、彼女にお好きな一粒を選ばせてあげた。決死の表情で口に入れる彼女の目の前で、ボクもひょいと一粒食べてみせる。サプリメントなんか気休め程度だけど、仕事柄パソコンに向かう機会が多いからね、目にはそれなりにやさしくしなくちゃ。……で、このブルーベリーエキス入りのサプリメントに、何か『問題点』でも?

 悔しそうな表情の彼女達と別れて歩き出しながら、ボクは彼女達が犯した誤りについて考える。彼女達は何の根拠もなく、『次に使われる毒物も即効性のものだろう』と思い込んでしまったらしい。何故そんなイージーなミスをしてしまったのか、理解に苦しむ。サプリメントの袋を調べた判断は大当たりだったのに、さらに彼女は自らの生命を賭して毒見までしたと言うのに、これじゃあまったくの無駄死にだ。せっかく「成分分析してもらっても構わない」ってアドバイスまでしてやったと言うのに。今回用意した毒は半日ほど後に効果を発揮する遅効性のもの。パーティー会場において他愛もない会話のついでにターゲット達に無害な感じでつまませようと思っていたものに、口に入れた瞬間ぶっ倒れるような激烈な効果をもたらすものを入れるワケにはいかないものね。
 彼女には気の毒だけど、あのサプリメントが毒物だったと証明される頃にはボクはこの『枠』の中にはいない。作戦は他の奴が遂行することになる。この『枠』の中ではこれまで以上に仕事がやりにくくなるのだろうか? まあそれはボクが考えなきゃならないことじゃないか。
posted by 樋川春樹 at 19:35| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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