2013年03月27日

『とやかく』

 痛い。
 痛い。
 痛い。

 身体を折り曲げて激しく咳き込む。肋骨が砕けてしまいそうなぐらいの咳。どれほどの時間そうしていただろうか。急に込み上げた吐き気に口を押さえる暇もなく、がはッ、と何かを吐き出した。

 臓物を吐き出してしまったのだろうかと、有り得ない考えが一瞬脳裏を過ぎる。見下ろした床は真っ赤に染まっていた。なんだ。ただの血か。右手で唇を乱暴に拭う。咳が止まっている。

 ぜえぜえと荒い息をつきながら、咳は止まったけれど消えない痛みに呆然と立ち尽くす。どこが痛むのか何が原因なのか、皆目見当がつかない。咳き込んでいたときは身体の内部が痛むような気がしていたけれど、咳がおさまってみればそうではないような気もしてくる。身体の表面にどこか大きな傷が出来ているような。それにしては、先ほど吐いた血の他に血液が流れた様子はないし。

 痛い。
 痛い。

 崩れ落ちて倒れ込んで、あたり憚らぬ大声でわあわあと泣きわめいてしまいたかった。痛い痛い、痛くてたまらないと大騒ぎしながら地面をのた打ち回って、誰かに助けてもらいたかった。慰めてもらいたかった。けれどそれは不可能だ。ここには自分以外に誰もいないから。誰もついて来なくていい、その必要はないと言い切ったのは自分自身だった。自分の好きなようにやれるからその方が良いと思ってのことだ。横からとやかく口出しされるのは何より嫌いだったから、一人で出来ることは一人きりでやる方が良いと思ったのだ。実際、一人で成し遂げられるはずだったのに。

 痛い……。

 目もくらむほどの激痛が全身を責め苛んでいる。さっき吐き出したのが本当に内臓だったら良かった。もしかしたらそれで、この痛みが多少なりともマシになっていたかもしれないから。無論そんなことはないのだろうけど。どこにてのひらを当ててみても患部を押さえられているという実感がなく、どういう体勢をとれば激痛が緩和されるのかもわからないから、仕方なく棒立ちのまま。もう一度血を吐くだろうか。だったら迂闊に横にならない方がいい気がする。立っていた方が吐きやすいし、衣服を汚さずに済むだろう。横たわった状態でさっきみたいな吐き方をしたら、気管に入って酷いことになってしまうかもしれないし。

 一人で来たことに後悔はないけれど、こういうときに誰にも助けてもらえないのは少しだけ不便だとも思う。単独行動はとるなと何度も何度も繰り返されるのは、こういう場合に備えてのことなのだろうと、アタマではわかっていたけれど……一人で自由に動ける魅力を捨てる気にはなれなかった。だからこそ今こうして、しっぺ返しをくらっているのだろうけど。
posted by 樋川春樹 at 19:35| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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