2013年02月20日

『ショコラ』

 一本足の丸いテーブル、その上に並べられた四枚の白い皿の上。
 ほとんど隙間なくびっしりと、咲き誇る花のようにずらりと並ぶのは、とりどりの意匠を凝らしてつくられた、菓子とは思えぬ美しさを備えた菓子の数々。
 ひとの手でなされたとは信じられぬほどに繊細な細工を施されたそれらは、口に入れる行為が不遜と思えてしまうくらいにいっそ神々しさをすら感じさせる。

 チョコレート、なんて呼ぶのが申し訳ないみたい。チョコッて言ったら、イメージは板チョコだからね。気取って言うならショコラッて言うの? どっちにしても、食べるのがもったいないね。

 ユルい笑顔を浮かべて、館のあるじはそう言った。
 だから彼は−館の家事全般雑務一切を取り仕切る、生真面目な執事然とした黒髪の彼は−しっかりと毅然と、けれど押しつけがましくならないよう注意を払いながら、彼女に向かって言う。

 食べていただかなければ困ります、これだけの量をいつまでも飾っておくわけにはまいりません。それに何より、これはあなたへのバレンタインデーの贈り物なのですから。

 でも、これ全部私が食べるの? テーブルいっぱいのチョコレートのお菓子を、一人で? ねえ、みんなで分けて食べちゃいけないかな? 甘いもの、嫌いじゃないけど、さすがにこれはちょっと多すぎるよ。

 嬉しそうに、ほんの少しだけ照れたように、言葉をつなぐ彼女に。
 意図してきっぱりと首を横に振って、彼は慇懃な態度で言い渡す。

 いいえ、お一人で全て召し上がっていただきます。何故ならば、これらは全てあなた一人のためだけに用意させていただいたものなのですから。お茶の時間に食べ切れないとおっしゃるのでしたら、夕食も明日の朝食もチョコレート菓子になさいませ。

 黒髪の同居人の珍しい冗談に、館のあるじは一瞬だけかるく瞳を見開いて。
 それから、実に楽しそうに声をあげて笑い始める。

 わかった、わかったよ。命を賭ける覚悟でいただかせてもらうよ。せっかくの心尽くしだものね。でも、本当に食べてしまうのがもったいないぐらいに綺麗なショコラだね。

 『枠』の外側で生きていながら、それでもときには内側にいた頃と同じようなことをしたがる。
 する必要のないことを、本当はしたいとさえ思っていないかもしれないことを。
 多分、自分達は今でも人間で居続けたいと願っているのだ。
 もう戻れない一歩を踏み出してしまった自分を、自覚していながら、それでもなお。
posted by 樋川春樹 at 02:04| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。