2012年12月26日

『歓喜』

 高い高い樹の上から、その光景を見下ろしていた。
 その町の様子を。
 町が生まれるずっと前からそこにある樹の上から。
 誰にも知られることなく。
 地鳴りのような歓喜の声、それは世界を粉々にしてしまいそうなくらいによく響く。
 誰もがかたく握った拳を天に突き上げて、口々に様々な言葉を叫んでいる、抑え切れない喜びを表現している。
 誰彼構わず抱き合い、満面の笑みを浮かべている彼ら彼女らは、ひとりの人間の死をよろこんでいるのだ。
 つい先ほど、ひとりの王が民衆の手によって広場に引きずり出され、大きな刃物で首をはねられた。
 彼がほとばしらせた血のにおいは未だ濃くその場に漂っている。
 石畳を濡らした血液を踏みにじり、首を失った身体を無残に吊るして。
 自分達を圧迫し苦しく暗い生活を送ることを強いた王が倒れたことを、人々は心の底から祝っていた。
 高い高い樹の上から、その光景を見下ろしていた。
 町が生まれるずっと前から、人の暮らしとは関わりなくそこにある樹の上から。
 人間がいようといなかろうとまるで関係なく、そこにあり続ける樹の上から。
 彼ら彼女らはこう考えているのだろうか。
「悪い王様がいなくなったから、これで自分達はしあわせになれる」
 こう考えて、そこで考えることをやめているのだろうか。
 そう長くもない歴史の中で何度も何度も何度も何度も同じことを繰り返して、なのに今またそれをもう一度繰り返そうとしているのだろうか。
 自らの幸福を他人の手に委ねる限り、誰も本当には幸福にはなれないということを?
 いや、違う。
 この世界に生まれ落ちた時点で、もう誰も幸福になったりは出来ないということを。
posted by 樋川春樹 at 21:52| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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