2012年12月19日

『憤怒』

 届かない。
 届かない。

 喉が破れるほどの叫び、その叫びの引き金となった激情、このうえもなく無力で世界に対して何も出来ない自分自身に対する憤り、起こってしまったことに対する絶望、とりかえしのつかない現実への恐怖───

 届かない、何も届かない。
 あの空はどこまでも青く高く平然と晴れ渡っていて、遥か高みを吹く風は地べたを這いずる生き物達がどのような悲惨の内にあろうともまるで平気なのだ。

 意味をなさない言葉をわめき散らした。
 皮膚が裂けるほどに大地を殴りつけた。
 髪をぐしゃぐしゃにかきむしって頭を抱え込んだ。
 見開いたままの両目はまばたきすら忘れて世界をとらえ続けた。
 身体の内側から自身が灼熱の炎と変わるような。
 あるいは身体の中心から自分が制御のきかない濁流となるような。

 溢れほとばしり燃え上がり荒れ狂うその感情だけが自分にとっての全てなのに、それほどの怒りも世界の何も変えはしない。
 世界にほんのわずかな傷さえつけられないままにのた打ち回るちっぽけな存在を、本当に一顧だにせずに、いつも通りに何もかもは回ってゆく。

『思い起こせ、思い起こせ、神は見ておられることを』

 けれどその感情を、ああ、どうやって抑えることが出来るだろうか。
 大切なものを奪われた。
 大切なものを奪われたのだ。
 この生命よりも大切なものが、永遠に失われてしまったのだ。

 なのに、届かない。
 届かない。
 非力なこの手は何も掴めない。
 非力なこの身は何も変えられない。
 いやだ、そんなのはいやだ。
 そんなのは認められない。

 掴むのだ、変えるのだ、届かせるのだ。
 この世界に、大きな傷をつけてやるのだ。
 そうしてわからせなければならない、この怒りの大きさを、この怒りの重大さを、この怒りの耐え難さを。
posted by 樋川春樹 at 02:48| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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