2012年11月21日

『やれやれ』

 ケンカするほど仲が良い、とはよく言う、けれど。
 やっぱりそれにも限度があって、こうも四六時中ケンカばっかりしているのは、ただ単に本当に仲が悪いだけなのではないだろうか、と思いたくもなる。

 ふたりはよく似た性格をしていると言われる。
 見分けがつかないぐらいにそっくりだと、彼らのことをよく知らない他者から言われることもある。
 出会ったはじめの頃は自分もそう思っていた。
 一緒に長い時間を過ごして来た今では、当たり前だけれど彼らが全然違う人格の持ち主であると、ちゃんとわかるようになった。

 ひとりは涙もろいけれど芯が強くて。
 ひとりはわがままだけれどいつも怯えている。

 人間ではない彼らに何故性格の違いがあるのか−何故彼らが人間のように異なる性格を持つのか−いつかざっとだけれど説明されたことがある。
 「多様性は可能性」なのだと。
 まったく同じものをプログラムしてまったく同じ反応を返すようにしてしまうと、不測の事態に対処しきれない。最悪、なす術なく全滅してしまう危険すらある。
 異なる思考は対立や困惑を生むけれど、そのことが違ったアプローチや互いをフォローする働きを生んで思わぬピンチにも対処出来る確率が飛躍的に高まる。
 自分達が様々な『性格』を持つのは出来るだけ忠実に人間を模しているからでもあるけれど、と彼は笑って付け足した。

 ケンカするほど仲が良い、きっとあんな風に、と向かってケンカ出来る相手がいることは、幸せなのだろう。当人達がおそらくはそう思っていないとしても、自分の考えをぶつけあえる相手がいるというのは良いことだ。たとえそのきっかけが子どもじみたつまらないことであったとしても、口論に留まらず取っ組み合いを始めてしまったとしても、それを眺める自分の口から「やれやれ」という台詞の代わりに思わずため息が漏れたとしても───きっと、それはとても良いことなのだ。
posted by 樋川春樹 at 23:05| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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