2012年11月21日

『美白』

 朝目が覚めたとき、窓の外は白銀の世界だった。
 部屋の中は戸外と変わらないんじゃないかと思えるぐらいに冷え切ってしまっていて、温もった布団の中から出るのには多大な意志の力を必要とした。

 それからほんの数時間後。
 昼過ぎの今は、灼熱の太陽の下にいる。
 目玉焼きどころかステーキが焼けそうなくらいに熱されたアスファルトの上。
 日陰に逃げ込むことさえままならない雑踏の中を、意識を朦朧とさせながら人の波にただ流されるようにして、とにかく歩き続けている。

 珍しくも異常でもない、いつものことだ。
 自分達は常に様々な場所、様々な時間を移動し続けている。
 ひとつところに留まるときもあるけれど、それもそんなに長い間のことではない。

 日に幾度もスコールが降るような南国の街から、分厚い毛皮で出来た服をまとって雪と氷で出来た家に住まう人々の暮らす北国の集落へ。
 あらゆる業種の店が集う巨大なショッピングモールを朝から晩まで歩き回る日もあれば、数十キロ四方に他の人間が存在しないようなジャングルのど真ん中で野宿を強いられる日もある。

 毎日環境が大幅に変わるこの暮らしは、普通の人間にとっては強いストレスになったり、するのだろうか。
 こういう生活が日常になってしまった身には、いわゆる『普通』がどうだったのか、もうよく思い出せない。
 普通に生きて普通に暮らし、普通に老いて普通に死んでゆく、普通の人々がこの状況をどう感じるのか。
 他者の意見を尋ねたいところだけれど、隣りで「こんなに容赦ない直射日光の下にいつまでも立ってたんじゃキミのせっかくの美白が損なわれてしまう」という方向で自分のことを心配している同行者に問うてみても、望むような答えは得られないだろう。

 彼はひとではないのだから。

 そうして、自分もゆっくりとひとではなくなりつつあるのだ。
posted by 樋川春樹 at 23:04| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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