2012年11月14日

『はんなり』

「さっきのおばあさん、なんだかすごく褒めていたよ」

 声をかけると、すこし先を歩いていた『自分と同じ顔』が振り向いた。

「『はんなりしたええおなごはんどすなぁ』って」

 立ち止まったふたごの姉が、無表情ながらも怪訝そうに首を傾げる。
 たっぷりと腰まで伸びた艶やかな黒髪が揺れる。

「意味がよくわからない」
「おれもよくわかんないけど、でもなんだか嬉しそうに笑ってたから、きっと褒めてたんだよ」

 白い頬に細い指を触れさせて、姉はほんのわずかに考え込む素振りを見せる。
 それも十秒には届かない数秒の間のこと。

「褒められるようなことはしなかったと思う」
「おれもそう思う。でも、褒められたんだからいいじゃないか」

 こちらの言葉を否定も肯定もせずに、姉はまた進行方向に向き直りすたすたと歩き出した。

 つくりものめいて白くきめの細かい肌に、墨を流したような濃い黒髪。
 深い夜の静けさをひとのかたちにしたような姉の容姿と立ち居振る舞いを、あのおばあさんは素直な気持ちで賞賛してくれたのだと思う。
 生まれたときからずっとかたわらにいる『もうひとりの自分』のようなふたごの姉を褒められたのは、おれにとっても嬉しいことだ。
 他の人からプラスの感情を向けてもらえるのは、ありがたいことだと思う。

「ここはいいひとが多いよね。ちょっとわからない言い回しも多いけど、みんなおれ達に親切にしてくれる。それに、景色も素敵だね。良い雰囲気の古い建物がちゃんとたくさん残ってるし、自然も多い。いい場所だよね。来て良かった」

 歩きながら話し続けるおれを、姉はいちいち振り向いて見たりはしないけれど、それはいつものこと。
 さっき足を止めてこっちを向いたのは、自分が褒められていたということにびっくりしたからだ。
 無表情で口数の少ない姉だけれど、おれにはその反応の意味はちゃんとわかる。
 ずっと一緒にいるのだから。

「それにしても、『はんなり』ってどういう意味なのかなぁ。辞書で調べてみようか。今」
「必要ない」
「自分がどんな風に見られたのか、興味ないの?」
「興味ない。それ以前に、社交辞令」
「そうかなぁ。確かに、ここのひと達って、本心を隠す傾向があるみたいだけどさ」

 他愛ないことを喋りながら、入り組んだ路地を何本も通り抜けてゆく。 
posted by 樋川春樹 at 17:58| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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