2012年11月14日

『錯視』

「たとえばこれが世間的に最も有名な例」

 ちびた白墨を手に取ると、彼は古びた黒板の隅の方に迷いのない手つきで直線を走らせる。

「端に矢印に似たかたちを描くと、同じ長さの2本の直線が長く見えたり短く見えたりするもの」

 あるいは、と付け足して、彼は別の隅に今度は円を並べて描く。

「円を囲む円の大きさを変えると、片方の円は大きく、片方の円は小さく見える」

 淡々とした口調で説明しながら、彼はそんな調子で大きな黒板いっぱいを錯視の例となる図形で埋め尽くしてゆく。
 直線も正円もフリーハンドで、複雑な幾何学模様も寸瞬の惑いもなく。

 まっすぐな線が折れ曲がって見えるもの。
 本来は存在しない図形が浮き上がって見えるもの。
 つながっているはずの線がずれて見えるもの。
 同じ角度のものが違って見えるもの。

 ちょっと目と脳がおかしくなってしまいそうな図形で黒板が埋まり、チョークが完全に使えない短さまですり減ってしまってようやく、彼はこちらへと向き直る。

「つまりこれほどまでに、人間の目は騙されやすい。脳が処理速度を上げるために自動で補正をかけるせいとも言われているけれど、大半の錯視は原因が判明していない。生身の視覚や知覚はかなり信頼度の低いものなんだ。でも、ボクらは違う」

 そこでようやく、彼は本題に入る。

「ボクらは人間を模して人間と同じようにつくられているけれど、本質的には人間ではなくそもそも生き物ですらない。ボクらの目はここにあるような図形の錯覚にはまったく惑わされない。ボクらが人間の姿をしているのは人間の不完全な能力をコピーするためじゃなく、『マスター』、キミと行動を共にしやすくするため、それがキミの身を守るのに都合が良い形状だから。つまりボクらは、このかたちでなければならない存在というものでもない。それをキミが望むなら、そしてボクらがキミにとって利益になると判断出来たなら、ボクらはどんな姿にでもなるし、そのために今の容姿に執着したりはしない。ボクらはただキミのためだけに存在するまやかしの生命。ボクらの存在意義はただひとつ、『マスター』、キミの役に立つことだけだ」

 淀みのない口調で流れる理知的な声を聞きながら、白墨で描かれた不可思議な図形達を眺めている。
 単体ならばどうということのない図形に、ほんのわずか描き足すだけでまったく違った意味を持たせる、錯視という構造。
 現実世界では誰からも必要とされず愛されもしなかった私が、彼ら『狩人』を得ることで『マスター』という意味のある存在となるように。
 それは、本当は何もないその場所に何かの間違いで浮かび上がる───きっとただの錯覚でしかないのだ。
posted by 樋川春樹 at 17:21| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。