2011年02月25日

『屋上』

 立入禁止のロープをくぐって、施錠されている鉄の扉に手を当てる。
 がちゃんと小さく音が響いて、ありふれたデザインの扉は簡単に開いた。

 コートを引っかけた側の肩には、空色のウロコを持つ『竜』がしがみつくように乗っかっている。

 屋上に設けられた柵は人間の腰程度の高さしかなくて、古い建築物が持つ特有の無防備さ、設計の甘さのようなものを感じさせた。
 この柵を乗り越えるのは簡単だ。
 そもそもこの柵は、何かを止めようとしてさえいない。

 見下ろす光景に、『竜』が何故か嬉しそうな声をあげる。
 くりくりと丸いその瞳に、美味しそうなものでも見えたのだろうか?
 広がっているのは灰色にくすんだ風景。
 特筆すべきものなど何もない、どこにでもあるような、つまらない街並みだ。

 テンプレにでもなりそうなぐらいありがちな悩みを、自分だけのものと幸せに勘違いしてここから飛んだひとりの少年。
 多分彼が最期のひとときに、その目で見たのと同じもの。

 特別なところなど何もない。
 特別なことなど何もない。
 時間を重ね、経験を重ねればそれがわかる。
 「自分だけが」という感情は、毒にしかならない。

 わざわざこんなところから飛んだりしなくても、数十年も待てば嫌でも死ねたものを。
 一体何をそんなに大急ぎで、ここから立ち去る必要があったんだろう。

 それがわからない、自分には、もうそれがわからない。
 かつては自分もまた、そうしたいと、願って……いたのかもしれないのに。

 それすらもう思い出せない。
posted by 樋川春樹 at 01:22| Comment(0) | はる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。